71 / 177

第71話

力の入らない僕は、先生の胸に身体を預けたまま、静かに心臓の鼓動を聞いていた。 僕の左耳と、右耳と、違う先生の音が同時に聞こえてくる。 聞こえるのに、僕の中には一向に入ってくる気配が無かった。 この人の言っていることが、よく解らない。 「全然解らない。」 僕は解らないことに罪悪感を感じ始めた。 僕の気持ちと、先生の気持ち。 理解出来ない苦しみ。 伝わらない苦しみ。 僕の苦しみと、先生の苦しみ。 エッチしたい気持ちは同じはずなのに、拒否される苦しみと、拒否する苦しみ。 それを理解出来ない苦しみと、伝わらない苦しみ。 解りたいけど、今の僕には解らなかった。 ただ苦しかった。 きっと、先生も僕と同じで苦しんでいる。 苦しくて苦しくて、先生の苦しみを思うと二倍苦しくなって、僕は先生にしがみついて泣いた。 先生も僕を抱きしめるようにして、声を殺して震えていた。 僕らは、ただ静かに泣いた。 いや、違う。 泣いていたのはもしかしたら、僕だけかもしれない。 僕は僕の為に泣いていた。 でも、先生はきっと違うんだ。 先生が泣いてるとしたら、きっと僕の為に泣いているんだ。 馬鹿な僕でも、それだけは解った。 僕が大人になったら、僕も先生の為に泣く事が出来るようになるだろうか。 僕は大人になる事が出来るだろうか。 そしたら、先生の肩を抱き寄せる事が出来るようになるだろうか。 僕は先生を支える事が出来るようになるだろうか。 僕が先生を守ってあげられるようになれるだろうか。 恋とは何なのか。 愛とは何なのか。 解らないのは、僕がまだ子供の証だった。 早く大人になりたい。 そして、この人を抱き締めたい。 この人を包み込めるようになりたい。 僕は泣きながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。 相変わらずテレビだけは、騒がしく煩かった。 下品な笑い声に僕はイラっとさせられて、僕はやっと僕を取り戻したのに気付いた。 僕は落ち着きを取り戻すと、先生に伝え始めた。 ずっと言わなかった僕の秘密。 「先生。僕、先生とエッチしたことあるんです。」 僕は右耳を先生の心臓に押し付けたまま喋り始めた。 「夢の中ですけど。」 「うん。」 先生は落ち着いた声で、僕の話に耳を傾ける。 「僕は先生に抱かれてて、何度も好きだって言われてるんです。」 「うん。」 僕は続ける。 「僕は嬉しくて、気持ちよくて、先生に絆されて喘ぐんです。先生の腕の中で抱き締められて、何度も奥に突き上げられて、あったかくて、溶けそうになるんです。」 「うん。」 「凄く気持ちよかった。幸せでした。・・・先生、僕先生が好きです。」 僕は再び先生の胸に顔を埋めた。 どうしたら想いが伝わるのか解らなくて、必死だった。 どうしたら伝えられる?・・・どうしたら。 「うん、知ってるよ。それは俺の夢だから。」 「え?」 僕は顔を上げた。 すぐそこに、先生の顔があった。 先生の目は、兎みたいに真っ赤に染まっていた。 「どういう意味ですか?」 僕は先生に尋ねた。

ともだちにシェアしよう!