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第79話
お昼を過ぎると、先生は徐にトイレに立ち上がった。
カラスにサンプルを渡す為に。
いつも太宰先生が使っているトイレは、南校舎のずっと西側、一階保健室の隣にある。
殆どの先生は東校舎にある職員室の隣のトイレを使用している。
生徒は、基本的に南校舎の二階と三階に教室があるので、余程用がない限り一階にはほぼ降りては来ない。
ちなみに、西校舎は中学棟。
北校舎は図書館と体育館が二つあり、全校生徒を収容できる大きな礼拝堂もあるという、マンモス校だ。
その為、保健室への生徒の出入りはあるものの、基本的に保健室の隣のトイレは誰も使用しないので、殆ど太宰先生専用になっていた。
そこにあの日、僕は運悪く。
いや、良く?
いつもなら男子更衣室が無い為に、二階の男子トイレに女子に詰め込まれるところ、僕は一人、空いてるトイレを探して逃げてきたのだ。
そう、保健室の隣の太宰先生専用トイレに。
そこからは皆様、ご存知の通り、今に至る。
・・・誰に向かって話してるんだ、僕。
先生が立ち上がったのを見て、僕は同行した。
というのも、僕が全ての太宰先生コレクションを削除してしまったので、いわゆるオカズが無いのだ。
でも、犯罪は犯罪です。
ダメ、絶対。
と言うわけで、僕もついて行く事にした。
僕なら事情を知っているし、僕がオカズになればいいと思った。
・・・恥ずかしいけれど。
先生はトイレに着くと、清掃用具入れを開け、何かを取り出した。
黄色い立て札。
それには清掃中と書いてある。
「これ、どうしたんですか?」
僕が先生を目撃してしまった時には無かったものだ。
太宰先生は答える。
「君の件があったからね。学校に頼んで備品として購入して貰ったんだよ。」
「へぇ。」
先生はそれを廊下に出すとドアを閉めた。
「こっちのドアには鍵がないから、リスクがあるのは変わりないがね。」
僕は少し不安になった。
「僕、見張ってましょうか。」
「いいよ。こっちおいで。」
僕は肩を抱かれると、先生に引き寄せられた。
そして、窓からも死角になる所でキスされる。
「ネコに見られるとマズいからな。カラスも・・・まぁ、カラスは肝が座ってるから、多少の事じゃ騒がないだろうが、念には念をね。」
それからもう一度、先生はトイレにネコが居ないかどうかを確認する。
念入りに。
確認が済むと、先生は個室に入って行った。
と。
そこから手だけを出して、ちょいちょいと手招きされる。
え。
僕も一緒に入るの?
まごまごしていると、先生に小さな声で呼ばれた。
「おいで。」
僕はカラスに見られてないか心配しながら、先生のいる個室に入る。
「・・・んぅっ。」
カチャと音がすると同時に、僕は口を塞がれる。
先生が僕の口内を激しく掻き回してくる。
僕はいきなりの事で目眩を覚え、甘く溶けそうで、足の力が抜けそうになり、慌てて先生の肩に腕を回した。
僕は、しがみ付きながら先生に応えようと、懸命に先生の舌に纏わりつく。
トイレ中に卑猥な音が響き渡る。
個室に入っている意味なんて全く無かった。
くちゅくちゅとお互いに蹂躙し合う。
すると、突然顔を離された。
そして僕の右耳に唇を寄せると、先生が小声で話し掛けてくる。
「写真。嫉妬した?」
何でこのタイミングでそんな事を言うんだろうと、僕は少しイラっとする。
僕も先生の右耳に小声で返す。
「してません。僕も男ですから、オカズが無いのは困る事くらい知っています。」
「本当に?」
「ほんとです。僕が怒ってるのは盗撮は犯罪だからです。先生にそんなカッコ悪いことして欲しくありません。」
これは僕の本音だった。
僕だって男だから、ネットで漁った女の子のエッチな画像の一枚二枚、・・・三枚・・・いやもっと・・・ある。
けれどこれは、恋愛感情がある訳じゃ無い。
断じて違う。
犯罪欲求を抑える為に必要不可欠なものだ。
でも、先生の場合は僕とは違い、入手経路がいけなかった。
完全に犯罪で、僕は先生にはそんなカッコ悪い大人であって欲しく無かった。
絶対に。
だから僕は怒ったんだ。
「そうだね。王子の言う通りだよ。犯罪に手を染めるような事はもうしない。」
「うん、約束して。もし、次したら、僕は先生とは別れるからね。」
「しない。二度としない。だからずっと俺と一緒に居て欲しい。」
先生は顔を離し、僕を真摯な瞳で見つめてきた。
いつものヘラヘラ顔でもない、浮かれてニタニタしてる顔でもない、真剣な顔の先生がそこに居た。
僕はこくりと頷く。
すると先生は再び僕を抱きしめてキスをした。
だけど、僕はそれには集中せずに違う事を考えていた。
こうやって、世の中の女の子はダメ男に騙されるのかなぁ。
と。
僕は取り敢えず騙されてみることにします。
皆様はイイ男を見る目を養って下さい。
・・・って、僕、また誰に向かって言ってるんだろうね。
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