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第84話

翌日もまた、先生から電話が掛かって来て起こされた。 今日も待ってるからと一方的に言われ、仕方なく先生に従った。 人の都合とか、全然考えて無さそう。 別に用もないから良いけれど。 お陰様で、夏休みのプリントが捗る、捗る。 明日には終わりそうな気がする。 今日も保健室に着くなり、相変わらず先生はベタベタと僕の世話を焼いていた。 お茶を出され、お菓子を渡され、僕の背中に回っては抱きついてくる。 僕とイチャイチャしたいのかと思って、僕から抱きつこうとすると、殆ど躱されて結局抱きつかれてしまっていた。 「先生、そんなに忙しなくあっちにこっちに、仕事と僕の世話を焼いて疲れませんか。」 「全然?」 そうは言っても、このまま疲れさせても良いものかなあと悩む。 最初は良くても、無理なペースを保とうとすると絶対に後から疲れが襲ってくる。 それが体力だったり、ストレスだったりになって自分に返ってくるのだ。 僕は去年の受験勉強で嫌という程思い知った。 集中した分適度に休む方が、次の集中力が高められて僕は頭に入ってくるタイプだった。 先生がどうかは知らないけれど、後々ストレスを感じて扱いがお座なりになっていくのは嫌だなと思う。 だから、僕の為にも適度に休んでもらいたいんだけどなぁ。 「先生、そんなに僕に構わなくても、子供じゃないんだから一人で大丈夫ですよ。」 僕は再び後ろから抱き締められていて、頭の上の先生に話し掛けた。 「駄目。君が一緒に居てほしいって言ったんでしょう。」 えええ。 僕そんな事言ったっけ。 言った気もするし、言ってない気もするし。 何だか記憶が朧げではっきりとは思い出せなくなっている。 「ごめんなさい。それ覚えてないです。でも僕、そんなにずっと一緒に居なくても大丈夫ですから。」 「駄目。君が一緒に居たいって言ったけど、俺も一緒に居たいの。」 先生はそう言うと、僕を羽交い締めにしたまま離れようとしない。 嬉しいっていうよりも、ちょっと暑苦しい。 僕は溜息をついた。 「先生、僕は何処にも逃げませんから安心して仕事に戻ってください。」 すると、ゆっくり紐解かれ先生が離れていった。 ちらりと先生の方を見ると、何だかいかにも淋しそうにしている。 ちょっと可哀想に思うけど、ここは心を鬼にしなくては、と思った。 このままずっと僕とベタベタしていたら、先生の為にならない。 「わかった。でも何かあったらすぐ呼びなさい。」 先生は指で自分のスマホをトントンと叩いた。 同じ校内に居るんだから、電話の出番なんて無いだろうに。 ちょっと過保護すぎる先生に苦笑する。 「解りました。僕はプリントの続きをやるので先生も仕事に戻ってください。ずいぶん捗って今日中に課題は終わりそうですよ。」 先生はふわりと笑みを零すと、僕の頭をぽんぽんと撫でた。 そして、自分のデスクに戻り書類を広げ始める。 それを見て、僕はようやく胸を撫で下ろした。 過保護過ぎる先生を、どうやって矯正していこうかなぁと、眼鏡の奥で真剣な表情を見せる太宰先生の横顔を眺めながら僕は思った。 僕は再び手元のプリントに目を落とす。 隣に置いてあった携帯が鳴った。 僕は携帯を手に取る。 みゆきからグルチャが入っている。 『明日のプール楽しみだね!前坂橋駅からバスで行く予定だったけど、9時10分に駅に集合でおけ?』 『おけまる!9時10分ね。』 僕は直ぐに既読をつけ、返信する。 すると再び、みゆきから反応を得る。 『よろ!あんも時間よろしくね!』 僕からサッと血の気が引くのを感じた。 どうしよう。 みゆきはまだ、あんの事を知らない。 みゆきに何て説明すれば良いんだろう。 僕の喉がカラカラと乾いて行くのを感じた。 僕は重くなった人差し指をタツタツと動かした。 『みゆきごめん。伝えわすれてたけ』 途中まで打っていると、リーネがピロンと反応した。 『了解です。』 「えっ。」 僕はその場で固まった。 あんからの反応だった。

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