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第87話

「先生。僕の写真欲しいですか?」 僕は、医療器具を片付けている白い背中に問い掛ける。 気がついた時には、輸血はすっかり終わっていて針も抜かれた状態だった。 手首を見れば、僕の左腕は元の調子を戻している。 僕は自分の手首を見据えた。 僕と先生が繋がっていた筈の箇所には、傷一つついてはいない。 確かに確実に繋がり、僕の躰に先生が入り込んできた筈なのに、僕の体は証拠の一つも残してはくれなかった。 僕に何度突き刺しても、僕の体は忽ちに先生との繋がりを消してしまう。 僕にはそれが寂しかった。 何か目に見える形のものが欲しいと願うのは、矢張り我儘なのだろうか。 僕の躰には、いつでも先生が居る。 だけど、感じる事は出来ても、見る事は出来ない。 せめて注射の跡が残ればいいのに、という淡い期待は針が抜かれた瞬間に裏切られる。 僕は貪欲で、いくら貰っても満足出来ない事を知らなかった。 だけど、僕はこんなに貰っているけれど、僕から先生にあげられる物ってあったかな?という問いが浮かんだ。 僕は一方的に貰ってばかりいる気がする。 それなのに満足出来ないでいるのに、僕から何もあげることのできていない先生は満足してるのだろうか。 いや、絶対そんなこと無いと思う。 こんなに沢山貰っている僕が足りないと思ってしまうのだから、何もあげることの出来ていない僕に先生が満足している筈が無い。 僕は先生に言葉で伝えようかと思ったけれど、その安易な考えを振り払った。 愛してると口にしかけて、飲み込んだ。 僕は僕の感情が本物なのは知っていたけれど、先生の愛に比べたら、僕の感情なんてちっぽけだと思ってしまった。 そんなちっぽけなもの、この人に伝える事なんて僕にはまだ出来ない。 どうしよう。 僕は何をあげられるんだろう。 僕は替えのワイシャツに袖を通しながら考えていた。 そして思い付いたんだ。 着替えの手を止めて、先生の背中に投げた。 「僕を撮ってくれませんか?」 先生は黒いトランクケースを閉じると、僕の方を振り返った。 そして、僕の姿を見ると口元を手で覆う。 あ、照れてる。 僕の格好は、ワイシャツに袖だけ通し、ボタンを留めずにベッドの上に膝立ちになっていた。 脚は素足のままで。 「先生、写真消しちゃってごめんなさい。犯罪は駄目だけど、でも、オカズが無くて困るでしょう?だから、良ければ僕を・・・どうぞ。」 先生の白衣のポケットに収められていた先生のスマホを、僕は取り出した。 それから、それを手渡す。 先生は右手で口元を覆ったまま、スマホを受け取った。 「・・・いや、・・・。」 先生はそれきり押し黙ってしまった。 でも、スマホを持った手は僕の方を向いている。 口元を覆い隠したまま、だけど視線は僕に注がれている。 自分で言いだした事ではあるけれど、これは・・・恥ずかしい。 写真を撮るためにはポーズを取らなきゃ。 でも、どんな格好したら先生は喜ぶんだろう。 僕の行動を羞恥心が邪魔してくる。 ぎこちなく顔を背け、横目で先生を見る事しか出来なかった。 上手くポーズも取れないし、恥ずかしいし、どうしよう。 それに一向に先生がシャッターを切る様子が無い。 僕にスマホを構えたまま、先生は動こうとしない。 多分これじゃ駄目なんだ。 先生の性欲を刺激するには、きっとまだ何かが足りない。 もっと、僕がエッチにならなきゃ駄目なのかも・・・。 僕は手を伸ばすと、先生の手を捕まえた。 先生の口元を覆う手をそっと引き剥がすと、真っ赤に染めた先生の顔が現れた。 撮影意欲を唆らせなきゃいけない僕が、逆に先生に刺激を受けてしまう。 僕はまた、躰が熱くなってきている事に気付いた。 先生の血が僕の中心に集まってくる。 そしてその様子を、先生にじっと見られている。 見られてると思えば思うほど、余計、僕が反応していく。 でも、きっとこれでいい筈。 僕が反応して恥ずかしくなれば、きっと先生はシャッターを切ってくれる筈。 僕は下着の中で大きくキツくなってしまった羞恥心を、あえて先生によく見えるように腰をゆっくり動かしてゆく。 僕はその行為のせいで、余計、苦しく硬く膨らませてしまう。 「・・・っはぁ。」 僕は上気に躰を火照らせて、息を吐くと同時に、自然と声が混じってしまった。 僕が僕を余計に煽っている。 先生は? まだ、写真撮る気になれない? 僕は両手で先生の手を包み、頬擦りをはじめた。 体が熱い。 徐々に僕の呼吸が乱れてゆく。 すん、と鼻を近づけて微かに唇を這わせる。 僕は自分の行為に少しづつ陶酔してゆく。 先生に見られていることこそが、僕を気持ちよくしていくのだ。 僕は重くなった瞼を持ち上げながら、先生を見つめた。 先生、まだ足りない? 僕はもうこんなになってしまっているけれど、まだ、シャッターを切るに相応しくない? 僕は先生の手に欲情する。 そっと、先生の指に唇を這わせる。 恥ずかしいなんて言ってる余裕が無くなってくる。 その代わり、じっと動かない先生に不安と焦りを感じはじめる。 先生、僕はこんなになってしまっているのに、どうしたらオカズになれる? どうしたら、先生の欲しいものに成れる? なんの反応も示さない先生の手に、只管キスを重ね続ける。

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