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第94話

先生の車が向かった先は、よく見慣れた先生のアパートだった。 僕は安心すると、あんに小声で声をかけた。 「あん、大丈夫だよ。先生の家についたよ。突き出すつもりならきっと学校に向かった筈だよ。」 あんは虚ろな瞳で僕を見上げた。 先生が、向こうで僕らに催促する。 「急ぎなさい。ここで油を売って見つかる訳にいかないだろう。」 僕は急いであんを車内から連れ出すと、先生の家に転がり込んだ。 玄関を締めて、やっと一息つく。 部屋に残されていた朝のコーヒーの匂いが、僕の鼻を擽った。 先生は玄関をしっかり施錠すると、僕に上がるように促す。 「王子、君は上がってキッキンの下の棚からゴミ袋を取って来なさい。あん、君はここで待ちなさい。」 そう言うと、先生は強い力で僕とあんを引き剥がし、僕を自分の背中に回した。 僕は言われた通りキッチンに向かうとゴミ袋を一枚取り出した。 「俺はまだ君を信用したわけじゃ無い。何処に何を隠し持ってるかわからないらな。身に付けているものは全て外してもらうよ。」 「女性に対して酷い扱いなんじゃなくって?私はそんなの認めないわ。」 「では好きにしなさい。今すぐ出て行くといいだろう。だが、君が出て行った後、直ちに元老院に通報するがね。」 あんは、キッとこちらを睨んだ。 しかし僅かな沈黙の後、渋々僕に荷物を渡し始める。 僕が先生を見上げると、袋に詰めなさいと言われる。 あんは、バッグや帽子、靴を僕に手渡すと、ストッキングも脱いで渡した。 残るは下着と、その上に身に付けている黒いワンピースだけだ。 再びあんは小声で言う。 「・・・酷いわ。」 先生は冷徹だ。 「では出て行くといいだろう。王子、テレビの下の棚にしまってあるコンドームを持って来なさい。」 僕はこれには流石に驚いた。 「えっ、何に使う・・・。」 「君は知らなくていい。早くしなさい。」 先生は何を言っているのだろう。 僕が知らなくてもいいはずが無い。 一体先生は何をしようとしているの。 見れば、あんは小さく震えている。 「教えて貰えないなら僕は持ってこれない。あんは女性だよ?!僕ら男が酷いことしていい筈が無いでしょう?!」 先生が溜息をついた。 「俺だってこんな事したくは無い。だけど、うちにはエコーやレントゲンなんてものは無いんだよ。触診して危険な物が無いか調べる他無いだろう。」 「いいよ!それで僕が殺されたらそれも納得するよ!だから、しないで。お願いします。」 僕は怒鳴っていた。 きっと先生は、あんの体の中に指を入れて中をかき回して危険な物を所持していないか調べるつもりなのだ。 だけど、僕はそれは許せなかった。 幾ら何でもやり過ぎだ。 先生が口を開く。 「俺は君を守りたい。君を一度は殺した奴を信用出来る訳無いだろう。何処に何を隠し持っているかなんて、調べてみない事には分からないんだぞ。一瞬の過ちや油断で、君を失いたく無い。」 先生の言葉にも怒気が籠っている。 よく見ると、先生の瞳は泉を湛えて潤ませていた。 どれだけ僕を心配していたのか、僕はようやく気が付いた。 「先生ごめんなさい。僕の我儘を聞いて。僕のこと心配してくれて嬉しい、でも。 僕は、先生にそんなことして欲しく無い。あんが女性だからというのも一つの理由だけれど、僕は・・・多分・・・。」 あんに嫉妬する。 そう言いかけて言葉を飲み込む。 みっともなくて恥ずかしかった。 僕だけの先生で居て欲しい。 そう思ってしまった。 例え、その行為に感情が無くても。 検査の為であろうとも、僕は嫌なのだ。 先生があんを・・・いや、考えたくも無い。 僕には触れてくれないのに・・・。 その時だった。 突然あんが僕の持っていた袋を引っ手繰り、玄関を飛び出そうとした。 先生が事前にチェーンを掛けていたおかげで、ガチャリという鈍い音がしただけで、ドアは開かなかった。 「何よっ。見せつけないで頂戴。私は出て行くわ。元老院でも何でも通報すると良いわ。」 そう言うとあんはその場に蹲った。 理由は分からないけれど、シクシクと啜りあげている。 僕と先生は顔を見合わせると、あんの体を起こし二人掛かりで室内に運び入れた。

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