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第101話

僕は離れることが出来ず、ずっと先生に纏わりついていた。 離れられない。 好き過ぎて離れる事が出来ない。 「君じゃない誰かのところになんて、行く訳ないだろう?俺の気持ちを写真のように見せられるなら見せてあげたいよ。」 先生が呟いた。 僕は先生の言葉が信じられない訳じゃない。 ただ、不安で、不安で仕方ないだけなんだ。 「うん、信じてない訳じゃないよ。だけど、どうしてか、先生の事、好きになればなる程、不安が膨らんで行くんだ。苦しいんだ。苦しい。」 僕は先生にしがみ付いた。 苦しくて、苦しくて、苦しくて、仕方がなかった。 僕はどうしてしまったのだろう。 幸せな筈なのに、どんどん苦しくなる。 離れられなくなる。 怖くなる。 「俺は嬉しいよ。君が苦しんでるのに済まないね。だけど、君が苦しむほど俺は嬉しい。君の気持ちを独り占め出来て嬉しいよ。」 先生ははにかむように、笑った。 「嬉しいの?」 僕は聞いた。 「そうだよ。嬉しい。そんなに好きになって貰えて嬉しい。嬉しいよ、ありがとう。」 そう言うと、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。 僕は余計、苦しくて涙が出た。 「せんっ、せい。僕、嬉しい筈なのに、苦しい。苦しくてっ、せんせいっ、胸が苦しい。先生が好きで、苦しい。」 僕は震えながら、先生に訴えた。 涙が止まらない。 そんな僕を、先生は優しく瞼に口付けをし、綺麗に拭い取る。 僕は、余計に止まらなくなった。 「苦しいっ。せんせっ、好き。好きで、好きで苦しい。っう。苦しっ・・・。」 僕は、尚も硬くぎゅっと先生を抱き締めた。 先生が僕を包む。 そして、優しく僕に囁く。 「そうだね。苦しいね。多分それは恋だよ。君は俺に恋してくれてるんだね。嬉しいよ。ありがとう。」 「・・・恋。」 僕は呟いた。 そうか、恋なんだ。 僕は先生に恋してるんだ。 そうなんだ。 恋という言葉と気持ちを、点と線で結び繋ぎ合わせると、その正体が解ったことで、急に視界が開けた気がした。 「先生は?先生は、僕に恋してくれてますか?」 僕は再び先生に問い掛けた。 すると先生は、ふわりと笑った。 それから気恥ずかしそうに答えてくれる。 「してるよ。もうずっと前から君に恋してる。俺も苦しいよ。苦しい程、君に恋してる。」 僕は顔が熱くなるのを感じた。 体が火照ってくる。 熱い。 「うっ、嬉しい。僕も、嬉しい。」 「うん、嬉しいよ。ありがとう。」 先生が僕を包んでゆく。 優しく、暖かかった。 僕は深呼吸して、先生の胸の中で目を閉じた。 きゅうと胸の奥が痛む。 喉が痛む。 だけど、これが恋なのかと思い納得した。 僕はやっと、恋を知った。 やっと、恋に出会った。 この甘苦しい気持ちが恋なのか、と思った。 そして。 先生も僕に恋してくれていた。 僕の何処を気に入って、何処が好きかなんて、未だに分からないままだったけど、それでも良かった。 先生が僕に恋してくれていた。 先生が僕と同じ苦しみを感じてくれていた。 その事実だけで、僕に嬉しさが込み上げてくる。 こんなに焼かれ焦がれているのは僕だけじゃなかった。 僕の知らないところで、先生は僕に焼かれ焦がれていてくれた。 それが嬉しい。 嬉しくて、嬉しくて、堪らなかった。 「もう一つ。君に教えてあげる。」 先生が、柔らかい声で僕に囁く。 先生の甘い声が、瞬時に全身を駆け抜け僕を痺れさせる。 僕は痺れる体で、こくりと頷く。 「俺もアンに嫉妬したの。公園で、君はずっとアンに腕を絡められていたでしょう?」 痺れて動けない僕を包んで、先生は僕の耳元で話し続ける。 甘すぎる声に、溶かされそうになりながら、僕はなんとか理性を保つ。 だけど、声は出せなくて、再び僕はこくりと頷く。 「アンに腕を絡められて、纏わり付かれている君の姿を見て、またアンに君を取られたのかと思って凄く焦ったよ。やっと君を手に入れられたと思ってたのに、また横から掠め取られたのかと思ったら、猛烈に嫉妬してたんだ。」 「ふへっ・・・?」 先生が、アンに嫉妬? そんなの、微塵も感じなかった。 「気づかなかったろう?俺も必死で隠したからね。だけど、車内でもイチャイチャしてるじゃないか。俺はもう怒りに燃え狂っていて、自分を抑え込むのにそれは必死になってたよ。いつも助手席に座ってくれていた君が、隣にいないんだ。ハンドル切り損ねるかと思った。事故らなくて良かったよ。」 僕は信じられなかった。 目を見張って先生の顔を覗き込む。 先生は苦々しげに笑っている。 「おまけに、家に着いても、君とアンはベタベタしてるじゃないか。気づいたら何かがブチっと切れてしまってね。アンを痛めつけてやろう、って醜い気持ちに支配されてしまった。」 「えっ、じゃあ、あれって・・・。」 「そうだよ。表向きは君を守る為だと嘯いて、本心はアンのメンタルをギタギタにしてやろうなんて思ってしまっていたんだ。ほんと、恐ろしいな、俺は。君が俺を止めてくれて良かった。」 僕は先生を見つめた。 先生は苦々しげに弱く笑うと、顔を向こうに背けた。 「俺はこんなにも醜い感情を持ってる。それでも君が欲しいんだ。諦められないんだよ。苦しくて仕方ないんだ。」 先生は向こうを向いたまま、深く息を吸い込むと、ゆっくりと息を吐ききった。 そして僕に向き直る。 「君が欲しくて堪らない。」 真摯な瞳に囚われて、僕は身動き出来なかった。 そんな風に思われてるなんて、僕はちっとも知らなかった。 先生の感情が、僕の体を貫く。 「君が欲しい。」 剥き出しの感情が、僕の心を縛ってゆく。 僕は動けない。 鋭い瞳に射抜かれる。 野心を僕にぶつけてくる。 僕は、先生の全てを受け入れたいと、そう願った。

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