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第103話
僕が震えているのを見て、アンが呆れたように言葉を投げた。
「ほんとに何も知らなかったのね。鏡花さんが言うには、五月の時点でそういった薄い読み物がクラスの女子の間で回し読みされていたらしいわ。」
女子怖い。
「一番人気は、さっきも言った太宰くんと、表先生、松本先生の3Pのチラ裏。書き手を替えて既に7作くらいは出来てるんじゃないかしら?私は全部読んだ訳じゃないけど。次点で、塩貝君と吉丘君ね。あの二人はいつもクラスでお互いを膝の上に乗せたり手を繋いだり、じゃれ合って仲が良いからターゲットにされたのね。」
女子怖い。
「で、最近出てきたのが太宰くんとあなたのチラ裏よ。今まではみゆきと仲良かったり、私が彼女だったりって事で腐女子の間で捨て置かれた存在だったあなただったけど、最近になって頻繁に保健室に姿を眩ます様になったでしょ。それで白羽の矢が立ったのね。」
女子怖い。
「太宰先生がね、本当に大人気なのよ。あの美貌でしょう?太宰くんを表先生と松本先生で取り合うっていうシチュエーションが絵になるのよねえ。腐女子の皆様の観察眼と想像力には、流石の私も感服するわ。」
女子怖い。
「おーい。聞いてるかしら?おーい。」
女子怖い。
「おーい。」
女子怖い。
「あっ、太宰くん宛のラブレターが、こんな所にっ!」
「えっ!?」
僕は慌てて周囲を確認する。
けれど、アンは何も持っておらず、周りにもそれっぽいものは見当たらない。
「ラブレターは嘘よ。」
アンがクスクス笑っている。
僕はどんな顔でアンを見ればいいのか解らなかった。
女子怖い。
「あのねぇ。太宰くんは女子の間でとっても人気があるのよ?ラブレターの一つや二つで動揺してどうするのよ。」
「えっ。」
「さっきも言ったけど、あの美貌でしょう?しかも、見た目のあの若さ、保健師という職業。共学に成り立ての、まだ男子の少ないウチの学校では、太宰くんは全校生徒のアイドルなのよ?流石にそれは気付いてるでしょう?」
「へっ?」
「・・・え。まさか知らなかったの?」
「・・・知りません。」
「・・・あんなハイスペックな男性が学校にいる事自体、奇跡なのよ?」
「・・・えっ。」
「・・・えっ?」
「・・・ええっ?!」
「・・・ええっ?!太宰くんのこと、イケメンだから惚れたんじゃないの?」
「えっ!」
「ええっ?!」
「あの人、イケメンなんですか?」
「ええっ?!」
「へっ?」
「えええ・・・。」
「えっ・・・。」
「日本中、何処を探したってなかなか居ないレベルのイケメンのはずよ。彼は・・・。」
「えっ。」
「えっ?!太宰くんのこと、カッコイイとか思ったことないの?」
「いえ・・・全く。」
「ええっ?!」
「えっ。」
「私、ちょっと同情するわ。あの人に。」
「はぁ・・・。」
アンが明後日の方を向いている。
それから大きく溜息をついた。
僕は、そんなに重大な何かを見落としていたのでしょうか・・・。
僕は別に、太宰先生のことは見た目で好きになった訳じゃ無いんだけどなぁ。
それは、確かに、なんとなく、眉は整っていて、綺麗な弧を描いてるなとか、睫毛が艶やかで婀娜っぽいなとか、漆黒の瞳に吸い込まれそうだなとか、上向きにスラリと伸びた鼻筋だなとか、しっとりと吸い付きそうな頬だなとか、柔らかそうで触れたくなる唇だなとか、思うことはあったけど・・・。
「まって!アンの事はすごく可愛いと思うし、美人だと思うし、綺麗で艶美、容姿端麗という言葉はあんの為に存在していると思えるくらい、美しいよ!だから僕の美的センスはおかしく無い!」
「あなた、馬鹿?」
うん。
おかしく無い。
「でも、太宰先生の事はよくわかりません。」
「それ、本人の前で言っては駄目よ。」
アンが頬を赤らめながら、溜息をついた。
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