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第106話
寝室に入ると、瞬く間に先生のキスが降ってきた。
軽めのキスが僕の額に触れる。
それから僕の手を引くと、先生はベッドに座り、僕にも座るよう促してくる。
が、僕はそれを躊躇う。
「先生、僕、汗かいてて綺麗じゃないですから。」
「いいよ、俺も汗かいてるから。」
先生は自分の着てるカットソーを摘むと、鼻を拭うフリをした。
先生の腹筋がチラリと覗く。
僕は嘘だと言うことを見抜いていた。
買い出しをしている間、僕が助手席に座っているだけで、隣からシャンプーの匂いが漂ってきていることに気付いていたのだ。
多分僕に会う前にこの人はシャワーを浴びている。
僕はといえば、嘘でもなんでもなくてお店と車を行ったり来たりしている間に、じっとりと汗が噴き出すのを全身で感じていた。
だから、僕はあまり先生に触れられたくなかった。
折角綺麗さっぱりしている人を、態々汚すような事をするのは気が引ける。
僕が意固地にその場を動こうとしないでいると、先生はベッドから立ち上がり、向こうのクローゼットを開けてタオルを取り出し、僕の目の前に立ち竦む。
「そんなに嫌なら、綺麗にしてあげるから脱いで。」
そう言うと、太陽の匂いのする柔らかなタオルを僕の額に押し付けてくる。
僕は慌てて断った。
「いえっ、大丈夫です。じゃなくて、それならシャワー貸してください。綺麗にしてきますから。」
僕は自分のおでこに押し付けられたタオルを受け取ろうとすると、先生に取り上げられた。
「いいの。ほら脱いで。」
今度は首回りにタオルを押し付けられた。
そして、気づくと先生の手が僕の脇腹に触れている。
擽ったくて、僅かに腰を捻ると、僕の着ていたTシャツを先生が捲り上げてきた。
「わっ、先生まってっ。」
「ばんざいして。」
抵抗する間も無く首までずり上げられてしまい、そのまますっぽりと脱がされてしまった。
僕の体の上を柔らかなタオルがぽんぽんと撫でてゆく。
擽ったい。
恥ずかしくて、僕は僕の体が余計に汗ばむのを感じた。
ある程度拭うと、先生はタオルを大きく広げて僕の身体を覆った。
それから再びベッドに座るように催促してくる。
逃がしてくれない事を悟り、僕は座るだけならと思って先生の隣に腰を下ろした。
だけど、矢張りそれは間違いだった。
座るや否や、僕の体は先生に引き寄せられて、膝を抱えられ、先生の足の間にすっぽりと収められると、そこから身動きを許されなくなってしまった。
先生は僕の肩に顔を埋めると、鼻先で僕の首の上を行ったり来たり、すんすんとなぞらせ始めた。
その意味のするところを思うと、僕は恥ずかしさで狼狽えた。
「せんっせい。僕の臭い嗅がないで下さいっ。シャワー浴びてないんだから、駄目です。駄目っ。」
僕が抗議するとやっと顔が上向き、僕と視線が混じり合う、が、それも束の間で再び先生の顔は僕の首筋に降ろされている。
「せんせい、やめてっ。やだっ。」
汗を滲ませた身体を嗅がれるなんて、どれだけ酷い臭いを放っているかと思うと、恥ずかしくて、知られたくない部分を暴かれていくことに辛さを感じた。
自分の目に涙が滲んでくる。
好きな人に悪臭を放つ僕を嗅がれるなんて、耐えられない。
「君の匂い、俺、凄く好きで気に入ってるの。いいよ、凄く。」
一瞬、先生が何を言っているのか解らなかった。
好き?何を?悪臭しか放ってない筈・・・。
「すっごい俺好みの匂いなの。堪らない。君は嫌だろうから、申し訳ないなと思うけど、ほんの少し僅かに酸味の効いたこの匂いが俺には最高だよ。」
「ええっ。」
正直、僕の理解が追いつかない。
「アロマの匂いもいいけれど、普段焚かないから鼻がもげそうだった。こっちの匂いの方が俺は落ち着く。」
そう言うと、先生は大きく息を吸い込んだ。
そして吐き出しざまに気持ちよさそうに言うんだ。
「すっごい、いい匂い。」
蕩けるように言われて、僕は抵抗出来なくなってしまった。
僕は嗅がれるなんて、本当は絶対嫌なんだけど、あまりに先生の声音が幸せそうに呟くから、先生の顔を自分の体から剥がし取れそうにない。
本当に狡い。
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