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第108話
先生が潤んだ瞳で僕を見つめ返している。
その姿に堪らなく愛しさを見出し、僕は耳を塞いでいた手をようやく退けて、ゆっくりと後ろに先生の髪を梳いてやった。
とろりとした目元に再び唇を落とす。
僕の唇が離されると、ようやく先生が口を開いた。
「何処でそんなの覚えたの。」
先生が僕に半ば疑いの言葉をかける。
僕は笑って、再びもう片方の瞼に優しく口付けをした。
それから、ゆっくりと唇を離すと、先生の問いに答えてやる。
「そんなの、全部先生が僕に仕込んだことでしょ。」
そして、笑いながら先生の唇を親指でなぞった。
「全部この唇が僕に教えたんだよ。」
ゆっくりと下唇と上唇の間を親指でなぞらせながら、先生に笑いかけた。
先生は恥ずかしそうに目を細めながら、黙って僕になぞられてゆく。
虚ろに蕩けた瞳が瞬き、再び睫毛がキラキラと光を撒いた。
「そういえば、先生。今日はいい写真いっぱい撮れましたか?」
僕は先生の頬を指でなぞらせながら尋ねる。
今日は陸上競技大会があったのだ。
今週ずっと楽しみにしていただろうから、さぞや沢山の写真を撮って来たのだろう。
だけど、先生は微笑むばかりで何も答えない。
「どうしたんです?沢山艶のある筋肉が観れたのでしょう?」
僕は再び尋ねた。
僕と共にあんの私物を買い出しに行く前に、大会に行って来たはずだ。
先生は曖昧に笑うと、やっと僕の問いに答えた。
「いや・・・、撮ったは撮ったんだが、結局帰って来てから全て削除してしまったよ。」
「えっ、何故?」
僕は驚愕を隠しきれなかった。
あんなにうきらうきらして、楽しみにしていた筈なのに、念願の写真を手に入れた筈なのに、どうして削除なんてしてしまったのか。
先生は僕の腰に手を回したまま、力無く続ける。
「うん。俺も最初はコレクションに加えるつもりで、それは大量に撮って来たんだけど、帰って来てから確認しているうちにね・・・、君の事が恋しくなってしまって、写真に写るのが君じゃない事に虚無感を覚えてしまい、気づいたら全部削除してしまっていたんだよ。」
「えっ。」
「というのが、半分の理由。もう一つは、君が焼き餅妬くかなって思った。でも、妬かれなかったらそれはそれで、寂しいからね。どっちに転んでも俺にとって良い結果は望めなかったから、消したよ。」
そう言うと、僕の胸に縋るように、先生は顔を擦り付けた。
僕は擽ったさを堪えて、先生の頭を撫でてやる。
「ヤキモチ妬かれたいの?」
僕は頭を撫でながら先生に尋ねる。
先生はゆっくりと、頭を振って頷いた。
そして、言葉を繋げる。
「でも、そんな事して、君の機嫌を損ねるのも嫌なんだ。矛盾してるね。」
先生は僕の腰を抱きしめたまま、僕の胸に顔を埋めて、ふわふわと笑った。
僕は先生の頭を優しく撫でる。
先生はゆっくりと僕の中で動くと、再び僕に言葉をかけた。
でも、それはいつもの先生とは違う、とても細く弱々しい声音だった。
「俺のこと、もっと、好きになって。」
その声に、僕の胸もきゅんと締め付けられるようだった。
頭を撫でながら、僕は答える。
「好きだよ。先生のこと。」
先生が僕の中で再び身動ぐ。
そして、要求を重ねてくる。細い声で。
「・・・もっと。」
「好きだよ。」
「もっと。」
「好きだよ。」
「もっと。」
「好きだよ。」
細い声が上擦るのを感じた。
「嫌いにならないで。」
「好きだよ。」
質問がネガティヴになっている。
僕は落ち着けてやりたくて、仕切りに頭を撫でた。
それから僕は先生に尋ねる。
「先生、何でテレビの下にコンドームなんか隠してたの?しかもまだ、全くの未開封の。」
僕は、あの日のアンとのやり取り以来、テレビの棚の奥がずっと気になっていた。
アンの漫画をテレビの前に置くついでに、コッソリと引き出しの中を探ってみた。
すると沢山のDVDに紛れて、一つだけ紙袋が混じっているのを見つけた。
中を確認すると、先生が言っていた通り奥のほうから全くの未使用のコンドームのパッケージが現れた。
よくよく考えてみれば、あんが脅してくるのを見越して体良くゴムが準備されている訳ないのだ。
本当は違う目的で購入した筈。
だとしたら。
「先生、僕とエッチする?僕を先生のものにしてみる?」
そんなに不安があるのなら、僕を先生のものにしてしまえばいい。
僕はずっと、いつでもそのつもりで先生に接しているのだから。
だけど、先生は僕から顔を離すとフルフルと首を横に振るばかりで、何故なのか縦に振ろうとしない。
その反応に、逆に僕が切なさを覚えた。
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