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第121話

先生の居ない学校の中庭で、ゴロゴロと汗を吹き出しながら僕は転がって居た。 カラスに会おう、そう思って自宅を飛び出してきたものの、涼を取る方法をすっかり失念していたのである。 今日もとても日差しの強い、暑い日だった。 辛うじて日陰になっているベンチで寝転んでいるものの、一日中こんな処にいられる気がしない。 けれど、他にカラスを探す方法もわからないのだ。 僕は眩しく輝く空を見上げながら、只管カラスを探し続ける。 多分、そろそろ1時間くらいはこうして探している。 既に僕の心は折れかかっており、早くも帰りたい衝動に駆られていた。 見つからなければ、只の時間の浪費に過ぎない。 しかも、今日は先生が居ないのだ。 って、ちょっと待って。 先生居ないんじゃ、カラスって学校に現れないんじゃない? ・・・帰ろう。帰ろう。帰ろう。 何も考えてなかった。マジで帰ろう。何しにきたんだろう。 僕は体を起こして、伸びをした。 本当に時間を無駄に過ごしてしまった。 靴を履くために体を捻る。 と、目の前をゆったりと黒い塊が横切って行った。 相手は僕が見ている事に気付いているのか居ないのか、尻尾を天に向かって真っ直ぐに伸ばし、悠々と音も立てずに歩いていく。 僕は驚かさないようにそっと靴を履くと、その背後についていくことにした。 僕自身も出来るだけ音を立てないように、一定の距離を保ちながら歩調を合わせていく。 東校舎の角まで行くと、くるりと回り姿を消した。 僕は慌てて姿を追い、角を曲がるとそう遠くない所を、尻尾を揺らしながら歩いて行くのが見えた。 校舎の影になっているところを選びながら僕がついていくと、校庭に出てしまった。 うちの学校の校庭は割と広い。 多分一周300メートルはあるトラックが校庭に広がる他に、脇にはテニスコートまで4面分用意されている学校なんてなかなか無いんじゃないだろうか? トラックは陸上競技場と同じ塗装がされていて、砂利じゃない。赤茶色でフワフワとして、つぶつぶとしたゴムのような素材で覆われている。そのトラックの内側には、本物の芝生が生えており、スプリンクラーが今日も元気に回っていた。 なのに、部活に力を入れていないので、誰一人として校庭には居なかった。 陸上部はきっと、この天気で暑いから、北校舎のアリーナに避難して筋トレや柔軟体操でもしているのだろう。 これだけの設備があるのにプールが無いのは不思議だと思う。 まぁ、僕はプールが無いからこの学校に来たんだけど。 そんな事をぼんやり考えているうちにも、尻尾を高く上げてズンズンと進んでいってしまうので、僕は慌てて追いかける。 テニスコートの脇を通り、東門まで着くと、そのまま門を潜って出ていってしまった。 僕も急いで門を潜る。 道路を挟んで目の前には梨畑が広がっている。 辺りをキョロキョロと見回すと、左の梨畑に沿って歩いている姿が見えた。 と、また姿が見えなくなる。 僕は駆け足で追いかけた。 見失ったところまで駆けていくと、ずっと向こうに姿が見えた。 再び慌てながら走った。けれど、追いつくどころか、相手もまたスピードを上げてくるので、いつの間にか息を切らす羽目になってしまった。 追いかけているうちに急に視界が開けた。 土手を登った先に姿を見つけたので、駆け寄ると、それは僕の方を振り返った。 「しつこいですよ。何か御用ですか?」 赤い瞳の黒猫が僕に一喝する。 僕が口を開き掛けると、自転車のベルの音が遠くの背後から聞こえて来た。 慌てて脇に逸れると、自転車に乗った帽子を被ったおじいさんが、笑顔で通り過ぎていった。 って、あれ。 隣にいると思っていたネコはいつの間にやら何処かへ行ってしまって姿が無い。 キョロキョロと辺りを見回していると下の方から声がした。 「こちらですよ。」 僕が慌てて声のした方に振り返ると、土手の下のコンクリートの上に佇んでいる。 そのコンクリートの更に下は、チョコレートのようにコンクリートのブロックが互い違いに張られ、その下を川が流れていた。 僕は恐る恐る高く茂った草をかき分けて降りて行く。 すっかり降り切ってしまうと、やっとネコと対面することが出来た。 「とりあえずお座りなさい。追いかけて来たってことは何か用があっての事なのでしょう?」 初めて聞いた時と同じ、あの不思議な声でネコに話しかけられて、僕はやっと息をついた。

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