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第124話
頭のこんがらがる話は置いておいて、次のことを話そう。
あの日、何故ネコが怪我をしていたのかという話。
校内に、他の吸血鬼がいるかも知れないという話。
「先生、ところでネコに怪我を負わせたのは一体誰だったのでしょう。」
未だ先生の手を握ったまま尋ねると、緩く繋ぎ直した。
「あの日、僕ら以外に吸血鬼仲間が居たと思うのが自然なのですが、先生はどう思いますか?」
カラスでも無ければ先生でもない。
アンでも無ければ、勿論僕でもない。
そうすると、姿の見えない第三者の存在を疑うのが当然の考察になると思う。
「どうだろうね。ネコは教えてくれなかったんだろう?」
「はい。」
先生は考え込むように天井を見上げている。
「うーん、まぁ、ネコは保守派に就いている為に敵が多いからね。言わないってことは矜持が傷つけられたりでもしたんだろう。何せ相手は怪我を負わせてくる程の手練れだったんだ。」
「そんな相手が学校にいたとしたら、危なくないですか。危ないですよね?怪我を負わせる目的も解らないし・・・。」
僕の頭に柔らかな感触を感じた。
僕が握っているのとは違う、空いている方の手で僕の頭が撫でられていく。
僕は瞬時にふわふわとのぼせそうな感覚に陥る。
それから目を閉じて、先生の胸に顔を寄せた。
「怖い?」
僕は身を縮めたのち、小さく頷く。
「少し。」
ネコから話を聞いている時は気丈に振る舞うことが出来てた筈なのに、なんでか先生の前だと心の装甲が簡単に剥がされて、嘘がつけない。
だから、怖くないなんて言う事が出来なかった。
下手な心配かけたくないから、軽く嘘でも言えてしまえばいいのに。
鼻先に先生の匂いを近くで感じる。
空いている方の手を先生の胸に充てた。
一定のリズムが掌から伝わり、先生の心臓を感じる。
「きっと大丈夫だと思うよ。ネコを襲うって事はおおよそ革新派になるだろう。革新派は今は老中の座を狙うのに忙しくしているから何かあったとしても、こちらに構ってる暇など無いだろうね。」
先生の僕の頭を撫でていた手が、徐々に首筋に降りて背中を這い始める。
僕はぴくりと体を震わせる。
油断すると、声が漏れ出そうになる。
「・・・ふ、っ・・・、あの、アンには伝えた方が・・・、いいですか?」
「いや、下手に不安を煽る必要も無いだろう。それに、疑いが晴れたわけじゃ無いからな。情報を与えて彼女に動かれては困る。」
え、僕は全然そんな事思ってないんだけれど。
先生はまだ、アンのこと警戒してるの?
いつの間にか、だいぶ長い事一緒の時間を過ごす生活になってしまって、疑いの気持ちなんて、何処かに行ってしまった。
でも、先生は警戒を解いたりはしないんだね。
僕と違って、慎重な人だなと思う。もちろんいい意味で。
「んっ・・・。そ、うですか。じゃ、アンには秘密にっ、してお、きます。」
先生の指が、僕の背中で遊んでいる。
僕の全身にぞわぞわと鳥肌が立ってゆく。
「うん、それがいいよ。もう少し様子を見よう。」
「ふぁ、・・・い。・・・そうしま、す。」
先生の指が首の裏側をつうと撫でた。
「ひっ、んぅ。」
先生のせいで、どんどんオカシクなってゆく。
僕は僕の筈なのに、その僕が僕を上手くコントロール出来てない。
体が全部、逐一先生に反応する。
「どうした。」
頭の上から、先生の低い声が響いてきた。
先生の喉の辺りが震えて、くつくつと音を鳴らしている。
この人・・・。
「なんでも、ない。」
僕は鼻先を先生の胸に押し当てたまま唸った。
「ひぅ。」
先生の指が、首の裏から肩にかけて動いた。
たった五本。
たった五本なのに、不規則に動いたり、整然と並んだり、僕はその動きに翻弄される。
「いいよ。素直で嬉しくなる。」
なっ。
若干の抵抗を保ち続けていた筈が、その一言で、僕を瞬時に溶かし込んでしまった。
甘く柔らかな声で、僕を包み込もうとする。
ずるい。
悪態をついてる筈なのに、幸せな気持ちになってしまうなんて。
僕はせめてもの反抗に、先生の胸に顔を擦り付けて、彼の心臓を誘うように目一杯甘えてやった。
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