「先生、相談があります。」 僕はいつものようにベッドに寝転びながら、隣に居る先生に声を掛けた。 先生は、僕の肩を抱き込んで、僕の頭を撫でている最中だった。 「どうした？」 優しい声音が、僕の耳を擽る。 僕は思わず溜息を漏らしそうになり、けれど息を飲み込むと、続けた。 「アンの事です。最近、様子がおかしいと思っていたのですが、原因は血液不足だったようなんです。でも、僕には何もしてあげられなくて。」 「そうか。」 先生は唸るように呟くと続ける。 「申し訳ないが、それは俺にもこれ以上は何もしてやれない。君には言ってなかったが、アンは既に三日に一回はブラッドバンクから血液を購入しているんだよ。それで改善が見られないなら、アンの不調は血が原因ではないな。」 「えっ、そうだったんですか？」 驚いた僕と先生の視線が混じり合った。 「秘密にしてた訳じゃないよ。あえて言う必要も無かったし、伝えそびれてただけで。購入は俺を介して、カラスに学校に運んでもらっていたよ。けれど、それで足りないというなら、原因は違う所にある。」 「そうなんですか？」 「ブラッドバンクが設立されたのは、つい最近の事だ。最近と言っても、60年は前の話だけれどね。でも、この説明で君ならどういう事か判るだろう？」 「え、ええと・・・。」 どういう事かって、急に問題を出されて言い淀む。 つまり、ブラッドバンクがなかった時はどうしていたか、って事だよね？ 「あ、自力で何とかしてたって事ですよね？」 「そうだね。」 先生が再び僕の頭を撫でた。 「自力で何とかするって事は、直接人間に噛み付いていた訳だよ。アンはずっとそうして生きてきたんだろう。」 「ええと・・・？」 「平たく言えば、スリルが無いんだよ。アンはあの容姿を武器にここまで生きてきたんだ。自分の好みの相手を選び、人間を虜にして血を啜る。そいった手順を踏むことが彼女にとっては必要な事だったんだろう。直接牙を立てる感触と、口に触れる温かさはブラッドバンクからは得られないからね。」 「あぁ・・・。」 つまり、アンからしてみれば冷めてドロドロになったシチューを出されるのと一緒なのかもしれない。 確かにそれは食べたく無いし、食べても美味しく無い。 それに、僕にもそれはなんとなくわかる。 僕は大好きな先生の血を選んで飲めるとはいえ、無機質なチューブを伝って口に運ばれてくる味気無さなら、体験しているからだ。 それが、アンはどこの誰かもわからない人間の血を選ぶ事も出来ずに飲むだけなのだ。 その味気無さといったら、きっとアンにとっては耐えられないレベルなのだろう。 「いつまで続くんでしょうね。この生活。」 僕が呟くと、先生も困ったように視線を僕に向けていた。 「そうだな。元老院も今はそれどころじゃ無いしな。老中の椅子取り合戦で、誰もが自分の事に忙しいからね。」 「そうなんですね。」 僕には到底関係無い話だなと思った。 でも、そういえば先生は老中の席に興味は無いのだろうか？ 条件がいまいちよく分からないけれど、同性愛について、もっと規律を緩くしたいと考えていても良さそうだけれど。 血の力は強いっていうし、時代が変わり、その節目だと言うなら、先生が老中になるのもアリだよね？ 「先生は老中に興味ないんですか？」 僕はなんとなく聞いてみた。 すると、先生はたちまちに苦笑する。 「君までそんな事を言うのか。参ったな。」 おや？ 僕の他にも同じ事を進言した人がいるみたい？ 先生が溜息をついている。 「実は一昨日、君が言ってたようにネコが現れて、保守派の活動に加わらないかと説き伏せられたよ。ところが、それだけじゃなくて、俺に代表になれとまで言ってきたんだ。参ったよ。柄じゃないから丁重にお断りしたんだが、昨日も、今日も現れてね・・・。どうやって断ろうか考えていたところだというのに。」 「へぇ、いいじゃないですか。断らず老中狙ってみるのもいいと思いますけれど。」 すると、先生は本気で不機嫌そうな顔を僕に向けてきた。 「本当に辞めてくれ。俺はこれ以上、政治に巻き込まれたくはない。俺に今以上に血生臭い世界に飛び込めと言うのか？」 「いえ、でも、もし老中だったら同性愛の縛りをもっと緩く出来そうじゃないですか？そしたら堂々としていられる日も近付くかもしれません。」 先生が不機嫌になる事は重々承知で、僕は食い下がってみる。 だって、これはチャンスなんじゃないの？ 推薦されてるって事は、つまり、現行保守派勢の総意があったって事でしょう？ ネコの独断な訳が無いんだし。 努力せずとも、引き受けた段階で味方がついてくるなら、こんなチャンスなかなか無いと思うんだけど。