135 / 177
第135話
それにしても、先生は一体何故、代表代理という肩書きに落ち着こうとするのか気になった。
鶴の一声ならぬ、ネコの一声を手に入れた訳だし、向かう所敵無しなのでは?
目的を遂行するのに、態々他人に事を進めてもらおうなんて不確か過ぎて理に適わない。
老中の座に収まり、政を自分の手で押し進めることの方が断然時短で簡単なのでは無いか?
それを他人に任せ、自分の思惑どころか、裏切られたら目も当てられないじゃないか。
「先生が老中をやるべきではないですか?だって、必ず成し遂げたい事があるのですよね?それを他人に任せるなんて馬鹿げています。ネコも付いていますし、成れる筈です。」
僕は半ば噛み付くように、先生に迫った。
先生が表舞台に立ちたく無い事は良く分かっているつもりだけれど、それでもやっぱり自分の目的を自分で遂行する力があるのに、他人に任せようとするなんて不確定要素が増えるだけで何も良い事が無い。
「ふふっ。君は若いな。これには色々と事情と理由があるんだよ。まず一つに、何故保守派の奴らが俺を推薦してきたのか、理由を知りたいとは思わないか?」
「え?研究所に精子を提供しているくらいですし、血の力が強く認められた存在だからじゃないんですか?その研究所も保守派と革新派のどちらも介在している所ですし、保守派の広告塔として、革新派からの反発が少ないからと踏んだのでは?」
「よく出来ました。君は飲み込みが早いな。」
「わっ、ちょっ!」
先生が僕を褒めると、頭をぐりぐりと撫で回した。
でも、片手はしっかりと僕の腰を抱き込んでいるから、僕は逃げる事も出来ずにされるがままになる。
頭がボッサボサになり、視界も悪くなる。
先生は尚も楽しそうに続ける。
「けれど、保守派としては残念な事に、俺は混血なんだよ。それでも代表代理に選ばれた理由は他にある。」
「他?」
「そう、俺は正真正銘の血統書付きのナナヒカリなんだよ。保守派で俺の家系を知らない奴が居たらそれは潜りだと断言出来るほどの、誰もが知ってるそれはそれはエラーイ家柄なのさ。」
先生が皮肉って声を張って強調した。
エラーイって、そんなに誰もが知って居て推薦されたなら、余計老中にならないのは釈然としない。
「不服そうな顔をしているね。」
先生が笑う。
「けれど、残念な事に、それはそれは残念な事にね。俺は混血なの。わかるね?」
「はい、・・・?」
先生の手が、僕の頭の上をゆっくりと滑っていく。
何かを含ませるようなその間に、僕は体を強張らせた。
先生は、混血である事を実は結構気にしていて、劣等感を抱いているとでもいうのだろうか。
まさか。
まさか?
本当は純血でありたかった?
純血として、保守派に迎え入れられたかった、そういう事?
先生の家系は、実は元来保守派だった、そういう事?
じゃあ、僕の命を狙ったのは、完全に保守派同士の仲間割れだったっていう事じゃないか。
それを、今度は保守派の老中の一席が危ないからと頼ってくるなんて、なんて都合が良過ぎるんだ。
心の導火線にマッチの擦れる音がした。
「先生っ。もっとちゃんと説明してください。もっと、僕にも解るように詳しく!」
僕は先生に片手で抱きしめられたまま、両の腕のシャツを、ぐっと力を込めて握った。
僕は先生を見上げて奥歯を噛み締める。
「うん、いいよ。話そう。その前にね、少し落ち着きなさい。」
「・・・っんう。」
先生の唇が、見上げた僕の口を塞いだ。
忽ちに、僕の体からは力が抜けてしまい、先生のシャツを握り締めていた筈の両手も緩く解かれてしまった。
それを確認するように、先生の顔がゆっくりと時間を掛けて僕から離れていく。
黒く長い睫毛の奥で、漆黒の瞳が濡れて艶めいている。
「・・・落ち着いて話が聞けるね?」
僕は何も言わずに、先生を見つめたまま、僅にこくりと頭を揺らした。
先生は微笑むと、僕の頭を再び撫で始め、ゆっくりと僕の腰を抱きかかえたまま、そこのベッドに二人で腰を下ろした。
「元々、保守派とは俺が混血だという事で確執はあった。」
先生が落ち着いた声で、僕を諭すようにゆっくりと語り始めた。
僕は黙って先生の話に耳を傾ける。
「今回、俺が選出されたのは、ナナヒカリであり、保守派全員の総意があったのは間違いないよ。けれどね、代表代理としての総意なんだよ。あくまでね。」
先生は言葉を続ける。
「彼らに今必要な存在は、保守派の満場一致を取れて、かつ革新派に対抗できる存在なんだよ。革新派に席を何としても取られる訳にはいかないからね。もたもたして、内々でやり合ってる暇なんて無い。そこで、代理で俺という当て馬が立てられたんだ。後で混血だという理由で俺を蹴落とす算段も視野に入れてね。」
「なっ、・・・んっ。」
僕が口を開くと、すかさず先生の唇が僕を塞いだ。
それからまた、ゆっくりと離されていく。
「こらこら、熱くならずにもう少しゆっくり、話を聞きなさい。いい子だから。」
僕は先生に宥められる。
落ち着きたいけれど、話の内容がそうさせてくれない。
今の話では、どう頑張ったって、先生が保守派に利用されているとしか聞こえない。
代表代理に選出しておいて、用が済んだら混血を理由に退けるだって?
散々先生を利用するだけしておいて、混血である事を差別の対象にするなんて僕にはそれは解せないし、許せない。
僕は奥歯をぐっと噛み締めて、先生を見上げた。
僕はこんなに悔しいのに、先生は朗らかな顔で笑っている。
「ありがとう。君は俺の境遇に共感してくれるんだね。俺も、それこそ君くらいの年齢の頃は混血である事を疎ましく思ったりした時期もあるが、今では全く気にしていない。君が怒るのは、あながち俺が損な役回りだと思っているからだろう?」
僕は黙ってこくりと頷いた。
すると先生は尚一層口元を緩めて目を細め、僕の頭をやんわりと撫で付けた。
僕は何故そんなに先生が朗らかに笑うのか理解が追い付かず、懸命にじっと先生を見つめ続けると、額に唇を寄せられた。
僕の今の感情が間違っているのでは無いかと思わせるほど、それは優しくて、優し過ぎる先生が不思議でならなくて仕方なかった。
何でこの人は、こんなにも落ち着いて笑っていられるの?
ともだちにシェアしよう!