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第139話
139.
「きゃああっ!離しなさい!わたしに触れるなんて一万年と二千年早いわよ!変態セクハラおやじ!」
「変態でもセクハラでもおやじでも、何でもいいが、君は王子を選んで抱きついたってことだな?それなら話は別になる。離れなさい。」
僕からアンの体が引き剥がされたと思った瞬間、僕の目の前では既に壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた後だった。
先生がアンの体を背中から抱き込むように抱え上げ、羽交い締めにされたアンの顔は真っ赤に染まっている。
「選んで何が悪いのよ!吸血相手はいつも選んで吟味するわ!わたしは基本女性の血を飲んでいるのに、今回は仕方なく模擬吸血の相手は王子で我慢してあげようって言ってるのよ!それの何が悪いのよ!」
「悪いに決まってるだろう。君はもう、王子の彼女じゃ無いんだから、模擬吸血とはいえ王子に抱きつく権利なんて何処にも無いじゃないか?それなのに何故、君は王子を選ぶ事が出来るんだ?俺に抱きつく事が出来るようになってから、王子に抱きつくべきだな。そうでないと公平性に欠ける。」
「何言ってるのよ?わたしから抱き付きたいって言ったわけじゃ無いわよ!王子が誘ってきたのよ!」
「だとしても駄目なものは駄目だ。王子がいいと言っても、俺は許可しない。」
「何で太宰くんの許可が要るのよ?関係ないでしょう?」
「大いに関係あるだろう。今の状況は、俺が家主で、君は居候だ。いわば、俺は君の保護者のようなものだ。子供は保護者の言う事を聞きなさい。」
「保護者?笑わせないで頂戴。あなたなんて、わたしからしてみればまだ生まれたての赤子も同然よ!それを、保護者ですって?馬鹿馬鹿しいわ。」
「馬鹿馬鹿しくとも、俺が君を匿っているというのは、覆せない事実だろう?我儘も大概に、しなっ、さい。こら!暴れるんじゃ、ないっ。」
「はなっ、しなさいよっ!鬼畜っ!ド変態!エロ魔神!誑かしの、すけこましの、人誑しの吸血魔のベジタリアン!」
「人の好意に付け込むんじゃない!古風な日本食好きの、煎餅マニアの姑風のいびり癖の治らない天邪鬼のロリ美魔女!」
「言ったわね!筋肉萌えの男子高校生好きの写真収集癖のある、生足好きの妄想家!」
「健全女子と見せかけた、狼と狸と狐と猫の皮を被った少女趣味の色眼鏡!」
なにこれ。
淀みなく悪口なのか何なのか解らない台詞が、二人の口から次々と出てくる。
途中から会話内容が破綻してるし。
僕は、二人にバレないように、必死になって笑いを堪えていた。
いつの間に、こんなに仲良くなったんだろう?
っていうか、この光景、どっかで見た事ある気がする。
何処だったかな?
すごい既視感。
うーん。
そうか。
「パパと娘だ。」
僕は右手をポンと、軽く左手に打ちながら呟いた。
ドラマとかでこういうの見た事ある。
思春期の娘が、父親に噛み付いて言い合いになるやつ。
「パパぁ?」
「娘ぇ?」
言った瞬間、同時に二人に凄まれた。
「えーと、あー、その。親子みたい、だなっ、て。」
「何処が!」
「何処がよ!」
えー。
だからさ、さっきから息ぴったりだよ?二人とも。
頑固でプライド高い所は、二人とも凄く良く似てると思うんだよね。
とは、なかなかこの状況では言いづらい。
「兎に角、駄目なものは駄目だ。俺に抱きつく事が出来ない限り、王子に指一本でも触れる事は俺が許さない。」
「だからっ!そんな許可を得る必要は無いでしょう?わたしはわたしの思う通りにするまでよ!」
あー、えーと、どうしよう。
火種を作ってしまった事に、少し罪悪感を感じ始めた。
まさか、こんな喧嘩になると思わなかったよ。
だって、二人とも良い大人でしょ?
何故こんなに言い合いになってしまうのだろうか。
「二人とも、そこらへんで終わりだよ。兎に角、僕はアンの健康が心配なのと、先生の部屋に臭いが充満して仕事に支障が出る事が心配なの。僕の提案が上手くいかないなら、二人とも言い争って無いで他に解決方法考えてよ。自分達の事でしょう?」
僕は片膝に肘をつきながら、二人を見上げた。
いつの間にか、羽交い締めにされていた筈のアンは身を翻していて、先生と向き合う形になり両手で取っ組み合いを始めていた。
やっぱり、ドラマとかであるような既視感を覚える。
「で?僕の案以外に、二人は何か意見があるの?どうなの?」
僕は態と仏頂面を下げて二人に向かって言葉を投げた。
「そんな、急に言われても無理よ。だって、やっと見つけた気休めが煙草なのよ?それを取り上げるなんて。」
「そもそも、煙草は吸血鬼の健康に左右されない。ただ、精神面で依存している事は問題だがな。しかし、臭いは俺が困る事だから何とかして貰わないといけない。」
「じゃあ、やっぱり、他の解決策が見つかるまではどちらかが譲歩するしか無いじゃないですか。どうするんです。」
僕が唸ると、二人とも黙り込んでしまった。
僕だって、二人に無理強いしたくないからなぁ。
これ以上のことは、僕から言えそうもないんだよなぁ。
ええい、仕方ない。
「二人とも何も言うことがないなら僕が決めますよ。まず、アンは嫌だと言ってないで先生に抱き付けるようになる為の努力をすること。嫌だと言っても、取っ組み合いなら出来るじゃないですか。先生の手を握れるんだから、もう一歩です。先生は、アンが慣れて抱き付けるようになるまでは、アンが僕だけに抱き付いてても辛抱すること。そうしないと、アンがまた煙草に逃げて大変な思いをするのは先生自身でもあるんですよ。いいですか。わかりましたか?二人とも。」
最年少の僕に説教されて、二人ともシュンとしてしまっている。
僕は仏頂面を下げたままで、二人とも可愛いな、と思った事は秘密。
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