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第143話

143.  僕は資料室の棚の前でウロウロしては、ファイルを取り出し、ペラペラ捲ってはしまうということを繰り返していた。 先生は向こうの長テーブルの前に座り読書をしている。  元老院での会議はあっという間で、丁度一時間程で終わってしまった。  こんな事を毎月やるのかと思うと、驚きで一杯だった。  僕は、そこのファイルを手に取ると、先生の座っている席まで戻り、隣に腰を下ろした。 「あの、あんな会議に何の意味があるんですか?正直時間の無駄にしか思えませんでした。」  僕は資料室に先生以外に誰も居ない事を知りながら、コソコソと喋った。  老中の三人は、会議の後にあれやこれやと個人的な意見を交わして居たけれど、会議は至ってシンプルそのもので、プリントに印刷されている事だけで進められていったのだ。 「そうだね。まぁ、会議の中身じゃなくて、招集する事に意味があるんだよ。君には理解し難いだろうがね。」  先生が苦笑いしながら続ける。 「だから言ったろう?ただ居るだけでいいって。」 「はぁ・・・。びっくりしました。」  僕は気の抜けた返事を返した。 「けど、日当が出るんですね。それもびっくりしました。」  会議が終わり控え室に戻ると、萩原老中から茶色い封筒を渡されたのだ。  後で中身を確認してみれば、中には一万円が入れられていた。 「まぁね。元老院はお金が無いからな。出るだけありがたいと思って大切に使いなさいね。」  え?  出るだけありがたいって、どういうこと?  お金がない?? 「え、先生。出るだけありがたいって、まさか皆ボランティアで集まった訳じゃないですよね?」  すると、先生は再び苦笑いをする。 「そのまさかだよ。今日集まった、俺たち老中とその補佐以外、誰にも給料なんて支払われないよ。そんな財源が無いからね。交通費すら支給されないよ。」 「ええええっ。よくそれで皆、集まりますね。」  僕は更に驚いて、思わず大きな声を上げそうになるのをなんとか押し殺す。  今時、交通費支給無しとか、有り得ない。 「今回は、ちょっと特別だったからね。前回もね。俺と王子が居たから皆興味があって集まっただけさ。今や俺達は時の人だからな。」  先生はそう言うと、クツクツと笑った。 「老中だって、年12回の会議で日当が出る以外に何の収入も無いさ。年12万円と交通費の支給だけ。会議以外には、毎日膨大な雑務が待って居る。それでも皆が老中をやりたがるのは何故だと思う?」  僕には全く理解し難い事だった。  それって殆どボランティアみたいなものじゃないか。 「全くわかりません。」  僕は何のひねりも無く、そのまま答えた。  だって本当に全く理解し難い。 「だよな。俺もわからん。」  そう言って、再び先生がクツクツと笑っている。 「俺は俺の目的があって、今、老中代理をやっているが、他の連中が老中をやりたがるのは、権力と名誉の為だ。と俺は思う事にしている。」 「権力と名誉?」 「そう。多分吸血鬼が長く生き過ぎるせいだろうな。歳を行けば行くほど、名誉に拘りを持つようになるんだろう。色々人生やり尽くすとさ、最後に興味が残るのは、きっと皆、権力を得る事と名誉を得る事に行き着くんだろうね。」 「へええ、そういうものなんですかねえ・・・。」  吸血鬼は不思議な生き物だなと思った。  見た目は人間と同じで、人間に混じって生活している者も多くいるのに、考え方がまるで別の生き物だ。  一体どれだけの人間が生涯をボランティアに捧げて生きる事が出来るだろうか?  それなのに、吸血鬼はこぞって自分達の社会の為と、自分の権力と名誉の為に老中というボランティアをやりたがるのだ。 「あ、先生、ちょっといいですか?研究所の人達もまさか、ボランティアなんて言いませんよね?」 「まさか。流石に彼らの給料は、元老院の財源を削って当てているよ。じゃないと食いっ逸れるだろう。とはいえ、給料だって高くはないから、人間社会で生きる方がよっぽど良い暮らしが出来るだろうな。」  うへええ。  それは本当ですか。  給料の詳細については流石に怖くて聞けそうにないと思った。  そういえば、そんなにお金のない元老院は一体何処から費用を捻出するのだろう??  一つが明らかになると、次々に新たな疑問が浮かんでくる。 「財源って何処にあるんですか?僕、そういえば元老院には一銭も払ってないですけれど・・・。」  僕は吸血鬼になったものの、一度も元老院の為に財布を出した事がない。  これも謎の一つだ。 「あぁ、まぁ、君が気にする事じゃないよ。それより、ここの資料室の資料から、何か夢に関する記事は見つかったか?」 「いえ、まだ全然見つかりませんけど・・・、何で今はぐらかしましたか?」  不自然に話をぶった切った先生を僕は怪しんだ。  まさかと思うけど・・・。 「先生、もしかして僕のぶんまで払ったりしてますか?」 「さぁ?」  ・・・先生が明後日の方向、向いた。 「ちょっと、何処見てるんですか?こっち見てくださいよ。先生、一体いくら払ったんですか?」  僕は先生のネクタイを鷲掴むと、ぐいとこちらに引っ張った。  先生が僕の引っ張る力に合わせて、こちらに体を傾ける。 「こら、引っ張らない。離しなさい。」 「いーえ、離しません。幾ら払ったんですか?」 「秘密です。」 「幾らですか。」 「秘密です。」 「・・・。」  こうなると、先生は口を割らない。  全く・・・、幾らなのか分からないけれど、今日貰った日当を先生に押し付けた。 「じゃあこれ!受け取らないとネクタイ離しませんからね。」  先生が渋い顔をしてこちらを見てくる。 「これは君が貰ったものだから大切に使いなさいと言ったはずだが。」 「だから、僕が僕の意思で、大切に先生に渡すんです。これじゃいけませんか。」  僕は先生を睨んだ。 「そういえば、今回の交通費は出てるって言っていましたけれど、この間の分の交通費は何処から出たんですか?元老院ですか?それとも先生のポケットですか。」 「それは大丈夫。元老院から支給されたものです。」 「じゃあ、その元老院の財源元は何処ですか。」 「有志による会員費です。」  あー、・・・。  もう、やっぱりこれ、先生が僕のぶんまで会費を払ってるじゃないか。  絶対そうだ。  研究費や、研究所の人達に払われる分だったり、臨時に交通費を支払う事がある事だったり、ここの修繕費や管理維持費等を考えると、絶対に安くは無い筈だ。 あー!もう! 「兎に角、コレ受け取らないとネクタイ絶対離しませんからねっ!」  僕はグイグイと茶封筒を先生の手に押し付けた。  それと同時にぐっとネクタイをこちらに手繰る。 「あのね、子供が心配する事じゃありません。俺はその程度の甲斐性も無いと思われてるの?心外だな。」  先生がむすっとした顔を僕に向けてきた。  勿論そんな風に思って押し付けようとした訳じゃない。  けれど、そう言われて、果たして無理矢理先生に押し付ける事が正しい事なのか、迷いが生じた。  その緩みを突かれて、僕はネクタイを掴んだ手を解かれてしまい、茶封筒を握らされてしまった。

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