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第144話
144.
「ええっ、あの、でも・・・。」
突き返された茶封筒が、僕の手の中で居場所を失っている。
「子供の君に心配される程、俺は落ちぶれちゃいないよ。これは、君が自分で使いなさい。解ったね?」
僕はまた、この人にこうやって子供扱いされる。
それが、凄く歯痒くて苦しい。
猫可愛がりされる事に不満がある訳じゃない。
ただ、対等な立場になれないのが、それが悔しかった。
悔しくて、けれど言葉にする事が出来なくて、一度は解かれた手を僕は再び先生のネクタイに伸ばした。
それから、先生が何か言う隙を与える間も無く、僕は唇を押し付ける。
こうして僕は、僕に出来うる限りの反抗をする。
「・・・っ。」
あまりに突然過ぎたせいで、先生から息が漏れた。
僕はそれに構う事なく、先生の中に侵入してゆく。
奥へ進むたびに、くちゅという水音が、僕らの他に誰も居ない資料室に木霊した。
僕の心はモヤモヤして不安に掻き立てられていた。
それは、僕だけが独り占めしていると思っていた先生の表情が、僕だけのものじゃ無かった事を知ってしまったから。
そして僕は、まだ大人になりきれていなかったから。
僕はそんな事はないと否定しながら、芥川先生の代わりの存在なのかもしれないという良くない考えが浮かんできていた。
大人でない悔しさと、対等でない悔しさと、先生の視線の先に映っていたのが僕では無かった事に少なからずショックを受けていて、気持ちがごちゃごちゃだった。
けれど、先生を責める気にはなれないし、ましてや芥川さんに対して負の感情を抱く事は全く無かった。
先生は僕より長く生きているのだから、僕より色んな事を経験していて当たり前だからだ。
それに僕だって初めて会ったばかりなのに、あの人の魅力に魅了されかけた。
悔しいけれど、そのくらい艶のある人だった。
僕は太宰先生が『先生』と慕うくらい先生にとって大切な存在だという事を理解しようとしていた。
先生の大切に思うものは、僕も大切にしたい。
そして、大切に思うのであれば、先生が芥川さんに対して特別な感情を持ち合わせていてもそれは当然だと感じた。
ただ、ここで問題だったのは、それを僕は受け入れられない事だった。
そして、嫉妬という黒い感情に飲み込まれる事も、僕はよしとしなかった。
先生が芥川さんに対して恋心を抱いている、とは認めたくはない。
本当は、こうして言葉に表すのも嫌だと、僕の心は拒絶を起こしている。
僕のモヤモヤの正体は僕自身の不甲斐なさと劣等感から来るものだった。
僕に魅力が足りない事が悔しかった。
こちらを振り向かせたい。
僕に出来るのは、多少強引な手を使ってでも、先生の瞳に僕を映すことくらいだと思った。
今の僕に出来ることは、僕がどれだけ先生の事を好きであるのか、それを伝える事だけだった。
だから、無理矢理奪ってしまった。
まだ、僕を見てくれる隙があるうちに。
残されている先生の隙間に僕が入る余地があるなら、まだ隙間のあるうちに僕で埋めてしまうつもりで、僕を入れてゆく。
先生の中を掻き回してゆく。
全部僕で埋まってしまえばいいと、貪欲な思いを先生の中に押し込めてゆく。
これ以上、僕以外を受け入れる余地を残してしまわないように、先生の中を僕でいっぱいに満たしてしまいたかった。
くちゅくちゅと水音が響いた。
僕を押し込めていると、徐々に僕自身にも先生の熱が混じって絆されていく。
柔らかく、熱く、甘く、蕩け始める。
僕は僕を先生に押し込めていた筈が、気付くと先生を啜り始めていた。
先生の畝るそれを、僕に絡ませて水音を立てる。
僕は夢中になりながら、先生の頭を抱きかかえた。
僕の座っていた椅子が、ガタガタと鈍い音を響かせて向こうに押される。
「・・・っは、・・・っ。」
夢中で先生の頭を抱きかかえながら、先生の中を弄る。
僕の指が、先生の髪に絡んでゆく。
綺麗に整えられた髪が僕のせいで乱れてゆく。
「っは、はぁ・・・はっ。」
立ち上がっていた僕は中腰になりながら、先生の中に侵入を繰り返す。
それから、絡め、絡められ、僕の息は上がり始めていた。
熱い。
体が熱い。
先生が熱い。
「ふぁっ!」
突然先生の指が僕の脇腹を這った。
それから、ゆっくりと体を登ってきて、うっかり先生の顔から唇を離してしまい僕は思わず体を仰け反らせた。
「・・・はぁ、あっ・・・だめっ。せんせっ、あっ、だめっ。んぁっ・・・あっ。」
僕が辞めるようにと、止めるのも聞かず、先生が僕の体を煽り始める。
ここでは駄目。
声が漏れてしまう。
そうなると、部屋の外にまで聞こえてしまうかもしれない。
僕は体をビクビクと震わせながら、先生に懇願する。
「あっ。だめっ・・・あんっ。やっ、やめて、おねがっ。でちゃ、・・・う、あっ。やんっ、あっ、あんっ。」
先生の指が僕の体の上を流れて、僕の首筋まで登ってきた。
僕の体は、もうとっくに先生に熱せられて、火照ってのぼせそうになっていた。
「やっ、あっん・・・。んく。」
僕の喉の敏感なところを撫でられて声が詰まった。
それから、先生の両手が僕の顔を挟んだ。
「・・・ん。・・・?」
虚ろな思考で、先生を見降ろす。
僕を両手で挟んだまま先生が口を開いた。
「なんで泣いてるの。」
「・・・え?」
泣いてる?
誰が?
僕?
僕は泣いていたの?
いつから?
ずっと?
最初から?
そうなんだ。
そっか、泣きながら、・・・キスしてたんだ。
先生の顔の上に、大粒の雫がパタパタと落ちた。
「・・・ん。」
僕は答えられずに、先生の顔を濡らしてゆく。
「どうした。」
「・・・ん。」
僕は口を噤みながら、ボロボロと先生の顔の上に零し続けた。
なんて言ったらいいか、解らない。
胸に詰まる思いが、ただ、僕から雫となって零れ落ちるだけだった。
苦しくて、自分が泣いてることに気づいたら、余計止まらなくなった。
「・・・うっ。」
落ち付けようと思えば思うほど、どんどん胸が苦しく痛みを増して仕方がない。
「・・・うっ。うぅっ。」
ぐじゅぐじゅになった顔を、先生に見せるのも辛くて僕は顔を退けようとした。
けれど、先生にしっかりホールドされて、上手く逃げられない。
僕は必死に身を捩ろうと試みた。
「んうっ。・・・ぐっ。うっ、・・・うぅっ。」
止まらなくなってしまった挙句、僕はジタバタともがこうとした。
僕は、先生の事が好きで好きで仕方がなかった。
でもどうしたら良いのかわからなくなっていた。
そんな僕の背中に先生の腕が伸びてきて包んだ。
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