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第145話

145.  僕は先生の腕の中で体を丸めて、小さく蹲っていた。 「どうした。俺が受け取らないのがそんなに辛かった?」  先生がシクシクと啜り上げる僕の頭を撫でながら、問いかけてくる。  情けない。  僕には何も答えることが出来なかった。  答えられないことで、余計苦しくなった。  言える訳がなかった。  言ったら先生を困らせてしまう。  先生と芥川さんの間に、僕が無理矢理割り込むなんてそんな不躾な事、出来ない。  芥川さんをそんな顔で見ないで欲しいなんて、言えない。  これは、僕が先生の事を好きな為に、きっと過剰反応を示しているだけなんだ。  僕の身勝手な嫉妬心と焦りを二人に向けるのは間違っている。  だってきっと、先生と芥川さんの間には何もない。  何かあるなら、先生が平気な顔して僕に芥川さんを紹介出来る筈が無い。  そして、先生はそれが当然とでもいうように、僕のことを『片割れ』と芥川さんに紹介していた。  もしも仮に何かあるのであれば、そんな紹介の仕方はしない筈だ。  僕は僕で、その言葉が気恥ずかしくて嬉しいとさえ思った。  だから、僕の二人に抱く感情は、非常に自己中心的なものだ。  嫉妬なんて醜いだけだ。  そんな感情を僕の中で抱いた事を、この人に知られたくない。  芥川さんは太宰先生のお世話になった先生なのに、僕がこんな気持ちでいるなんて事、絶対に知られてはいけない。  けれど、感情を塞き止める事に失敗してしまい、一度堤防が決壊してしまうと、そこからどんどん広がってしまって、止められなくなってしまった。 「んっ・・・、うっ・・・。ぐずっ。」  僕は身を小さくしながら、必死になって涙を止めようと試みていた。  けれど、先生が僕を優しく包むから、それがひどく沁みてきてなかなか止められなかった。 「王子、どうした。そんなに俺が受け取らない事が嫌だったのか?」 「むぐっ・・・。うっ・・・。」  ぐずぐずになった僕の顔に、ふわり、ティッシュが押し付けられた。  恥ずかしくて、けれどそのティッシュで顔を拭う。  こうする事で、僕は先生の質問を受け流してゆく。  本当のことなんて、とても言えない。  先生の手が、僕の頭を撫でてゆく。  相変わらずぐずぐすになっている僕は、そこの椅子に座り直すと、先生の体に身を預けた。  情けなくて恥ずかしいのに、一人前に先生に甘えようとする僕は、狡かった。  狡いけど、先生が僕を見てくれるから、それが僕の甘える理由になってしまうんだ。  こうして先生を独り占めできる瞬間を、僕に手放すなんて事は出来ない。 「王子、悪かった。そんなに思い詰めるとは思わなかったよ。でも、君が貰った物に俺が手をつける訳にいかないよ。自由に使って欲しいんだよ。」  先生が誤解したまま、僕の頭の上で話し始めた。  僕は黙って、それを聞いている。 「気持ちだけで十分だよ。それだけで俺は嬉しいから。俺は君が喜ぶ姿を見ることが出来れば他には何もいらないんだよ。だから、いつもの君の可愛い姿を俺に見せて。」 「うっ。ぐすっ。僕って、やっぱり可愛いんですか?」  僕はぐずぐすになりながら質問した。  薄々気付いてはいたけれど、先生の僕への扱いは、やっぱり何処か孫に近い何かを感じてはいた。 「そうだよ。俺にとって君は、恋人であると同時に息子であって、家族だからね。ずっと大切にすると決めて君を吸血鬼の仲間に無理に引き入れた。だから君は俺にとって、誰よりも可愛い人だよ。」 「僕が大人になっても?」 「大人になっても。」  じんわりと、胸の奥が温かくなってくる。  先生の僕に向けられる気持ちは、恋愛だけのものではないという事を、こういう関係になってから、初めてしっかりと聞いた気がする。  胸が擽ったくなってくる。 「んっ、・・・んんん、ん、んん、んんんっ。」  僕はぐぐぐと身を縮めて、先生の胸の中でもそもそと動いた。 「どうした?苦しいのか?具合が悪い?大丈夫か?」  先生が慌てた様子で、僕の背中を摩りだした。  違うよ。  そういうんじゃない。 「んんん。違う。先生、嬉しいの。あのね、嬉しいの。」  僕は身を縮めたまま、小さな声で、でもはっきりと聞こえるように話した。  嬉しくて、心臓がとくんとくん、と音を立てている。  気恥ずかしくて顔を上げられない。  先生が僕の頭を撫でている。  今この瞬間、僕は先生を独り占めしている。  それだけで、後のことはどうでも良くなった。  擽ったく響く心臓の音が、先生の鼓動と混じり合ってきて騒がしい。  はぁ。  僕の口から、熱い息が漏れる。 「せんせぇ・・・。」 「うん。」  ゆっくりと頭を持ち上げると、衣摺れの音がする。  耳を先生にくっつけながら、そのまま上にずり上がる。  その僕の視界に入った先生の右耳に、僕は舌を絡めてゆく。  微かに先生が吐息を漏らすのが聞こえてくる。  ガチャ 「やっと見つけたよ。お二人さん。・・・今、すごい音したけれど、そんな所で何してるの?」 「・・・ったぁぁ。なんでもっ、なんでもないで・・・、その、資料のバランス悪くて崩しちゃいまして。」  僕は反射的に後ろに飛び退いたせいで、床に腰を打ち付けて、椅子にしがみ付きながら、そこに蹲った。  対して先生は、涼しい顔して、僕の持ってきた資料を捲っている。 「芥川先生、よく僕らが此処に居ると分かりましたね。」  太宰先生がドアの横に立っている芥川さんのほうに向き直ると声を掛ける。  すると、突然現れた芥川さんは、僕らを交互に見比べてお茶目に悪戯っぽい笑みを向けた。 「管理室のお姉さんに聞いたら、2人が鍵を持っていったって言うからね。僕も2人を追いかけて来てみたよ。」  そう言うと、カラカラと楽しそうに声を上げて笑った。

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