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第148話

148.  元老院では資料室に篭り、芥川さんにまで手伝ってもらったにも関わらず、夢に関してはコレといった情報は得られなかった。  探し方が悪くて見落としてしまっただけかも知れないけれど、ほぼ全く手掛かりが得られなかった事に僕はがっかりした。  今日の夜こそ、先生との夢が見られるかも知れないと、少し・・・いや、かなり期待を込めて元老院に行ったんだけれどな。  とても残念だった。  とはいえ、今日見つけられなかったからといって、諦めてしまった訳ではない。  そんな簡単に、先生とイチャラブする夢を、僕が諦められる筈がない!  あんな事や、こんな事をしたい! いや、言葉にすると僕がただエロい人のように見えるかも知れないけれど、いや、否定はしない、・・・否定も出来ない、けど、それだけが理由じゃない。  先生が以前言っていたように、夢の中で相手との意思疎通が可能になるというのは、とても危険な能力である事も確かだ。  例えば、僕の頭でも簡単に思いつくのはスパイ活動だ。  潜伏先から、味方に接触する事もなく確実に情報を送ることが出来るだけでなく、能力さえ気付かれなれば絶対に足がつく事もない。  きっと上手く使えば完全犯罪も可能になる。  逆に犯罪捜査の役に立つ事もあるだろう。  とすれば、使い所さえ上手く見極めれば、もしかすると中原『元』老中とアンの事にも、何か役に立つ事もあるかも知れない。  けれど、実用化するにはそれなりの精度が必要になる。  今はまだ、全く共有するに至ってはいないが、コツや精度を求める事になった時に、先人の事を知っておくのが近道だと思った。  夢に限らず、他にも何か必要な事を授けて貰えるかもしれない。  そう思っていたけれど、なかなか血の盟約の事自体触れている資料にすら出会えなかった。  それもその筈で、禁忌を犯した吸血鬼は、親になった側が長くても1ヶ月で死刑にされてしまっていて、両者揃っている時の記録がほぼ無いに等しかった。  子についても、死刑にはされないものの、吸血鬼界で受け入れられる筈もなく、監視をつけられた状態で人間界に追放されていて吸血鬼として生活した資料は無い。  これだけでも、よっぽど僕と先生のケースは異例である事が良く分かる。  資料に無い血の盟約を交わした親子の吸血鬼を探す手も無くはないけれど、それは出来ないと思った。  僕等が彼等を見つけ出す事は、つまりそれは、彼等の親の死を意味する事になる。  静かにひっそりと、誰にも見つからないように迷惑をかけないようにと生活を繋いでいる事を思えば、もし、居たとしても彼等を見つけ出す事は僕の良心がそれを良しとはしなかった。  僕の我儘で、まだ見ぬ誰かの命を奪いたくは無い。  だから、探し出す事は出来ない。  けれど、何かヒントくらいは欲しかった。  何故あの時、あんなに毎日毎日、先生に夢の中で会う事が出来たのだろう。  それが、今となっては不思議で不思議で仕方が無い。 「先生。」 「うん。」  僕が隣でベッドに寝そべっている先生に声をかけると、柔らかな返事が返ってくる。 「あれから一度も、夢の共有が行われないのは何故だと思いますか?」 「そうだなぁ。」  先生は天井を仰ぎ見ながら、考え込んでいる。  それから、ふっとこちらに振り返った。 「見たい?」 「当たり前じゃないですか。見たいです。先生と、もっと・・・。」  僕はこの先を言い掛けて、顔が熱くなり口籠る。  もっと・・・、の続きが声に出せない。  言いたい事は纏まっていて、しっかり確実に認識しているのに言えない。  なんでって、そんなのさ、解ってよ。  は、恥ずかしいんだよ!!!  今までは別に平気だった。  何が平気だったかって、それは、その、したいとか、先生に面と向かって告げる事はそんなに難しい事じゃなかった。  でも、今は違う。  急に言うのが恥ずかしくなった。  この下心を先生に見せる事が怖くなって、不安と恥ずかしさが入り混じって出来なくなってしまった。  ただ、僕がしたいだけと思われていたらどうしよう、そんな不安が過った。  そんな風には絶対思われたくない。  そう思ったら、急に言えなくなってしまった。  この人に嫌われるのが怖い、呆れられるのが怖い、もっと僕を見てほしい、もっと僕のものにしたい。  芥川さんに負けたくない。  そんな勝手なライバル心が芽生えてしまって、急に欲望を伝えるのが怖くなった。  多分芥川さん自身は、そんな事気にも留めてないだろうし、先生と関係の事実も無いと思う。  でも、僕が言えなくなった原因は多分、ここにある。  だって、先生のあんな顔見ちゃったら、僕は意識しない訳にはいかないよ。  僕だけの先生にしたいって思うのはやはりエゴなのかな。  それとも思ってもいいのかな。 「うん。」  先生が、僕の言葉に相槌を打つ。  柔らかく。  目を細めて、僕に微笑みかけてくれる。  それだけで、僕の胸は一杯になってしまって、もう何も言う事が出来なくなった。  胸の奥が暖かくて、甘酸っぱくて、きゅんとなる。  恥ずかしくて、堪らなくて、嬉しくなる。  その微笑みを得られるだけで、僕は嬉しくて擽ったかった。  こうして先生と一緒に居られる。  それだけで、幸せ、そんな風に思った。  他の禁忌を犯した親は、一体どんな想いで子に血を捧げたのだろう。  子はどんな想いで、親を失い生きる事になったのだろう。  僕等は本当に運が良かった。  先生の計算があったとはいえ、本当にただ運が味方してくれただけなのだ。  今日、少ない資料を見ながら、それを感じた。  余りに、資料が少な過ぎた。  記録が少な過ぎた。  今の僕の幸せを感じながら、先人達や、何処かでひっそりと生きているかもしれない親子を思う。  僕の頭を滑ってゆく先生の手を捕まえると、その手をきゅっと引き寄せて胸の中に繋ぎ止める。  ずっとこうして、ずっと先生の側にいられますように。  そんな願いを込めながら。  先生の温かく柔らかな唇が、僕の額にふわり、触れてくる。  暫くして離れていくと、僕はその先生の唇に視線を這わせる。  新幹線での続き。  僕はじんわりと熱くなってくる体を擦り寄せる。  それから、ほんの少し体を浮かせると、先生の顔を僕の顔で覆い隠した。

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