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第151話
151.
僕が先生の車に乗り込んで暫くすると、なんとなく気になって質問していた。
「先生って、何でタバコ辞めたんですか?」
「何でって、まぁ、色々だな。」
あれ、先生が言葉を濁してる。
マイセンの事知らなかったって事は、多分禁煙して相当経ってるなと思った。
うちの学校で保健師をやる前のことは分からないけれど、職が決まってから禁煙したのなら、メビウスになった事、知ってる筈だしね。
それなら、多分別の理由が有るんだろうなと思ったんだけど、何だろう。
濁されて、余計気になる。
「復煙しないんですか?」
ちょっとだけ、見てみたいんだよね。
あんまり吸われるのは、僕は吸わないから嫌だなと思うけど、一度くらいは、見てみたい。
どんな仕草するんだろうって、好奇心が湧いてくる。
きっと、絶対格好良いから。
「復煙って、まぁ・・・しないな。」
「ふぅん。」
まぁ、それもそうか。
残念だけど、今の世の中の流れ的に学校保健師がタバコ吸ってたら、心象悪くなるもんね。
仕方ないかもしれない。
「職業柄もあるけど、他にも理由があるからな。しないな。」
先生が前を見ながら、ポソリと呟く。
「他にも理由?」
僕は聞き返す。
すると、先生がクツクツと笑いはじめる。
え、なんか面白いこと言った?
言ってないよね?
「うん。あるよ。」
「え、言えない事です?」
すると、更に楽しそうに喉を鳴らし始める。
え、なに。
なに、なに?!
なんでそんなに、笑ってるんですか。
肩まで震わせてるよ、この人。
「言っても良いの?」
なにそれ。
凄く意味深。
笑い始めた事といい、滅茶苦茶気になるじゃないですか。
「言ってください。」
僕は、半ば焦って早口になる。
先生は、何故か滅茶苦茶楽しそうに笑っている。
凄い気になる。
「じゃあ、言うけど・・・くくく、やっぱどうするかな。」
「えええ、ちょっと!気になるじゃないですか。」
何この、焦らされる感じ。
気になるのに教えてくれないから、モヤっとするじゃん。
「くくっ、教えてあげるけど、言って良いんだね?」
「だから、教えてくださいってば!」
「俺がタバコ吸わない理由、一つは職業柄だけど、もう一つはね。」
「はい。」
早くっ。
早くっ。
めっちゃ気になる。
もうそこ、溜めなくていいよ。
「君とキスするからだよ。」
「えっ。」
僕の顔に、急に血液が集まってくるのを感じる。
どういうこと?
先生が楽しそうにクツクツと笑う。
「えっ。あの、ええっ。何で?」
「何でって。」
僕が分からずに、更に質問を重ねると、先生は尚もクツクツと笑いが止まらなくなるようだった。
待ってよ。
全然分からないんだけど。
「俺と煙草味のキスしたいんだ?」
「えっ!」
そうか!
そういうこと・・・、か!
「わ・・・っ!」
僕は恥ずかしくなって、先生から視線を外す。
先生がタバコを吸うって、そういう事か。
そういう事・・・だよね。
そうなるよね。
先生の吸ったタバコの味のする・・・わあぁあ。
なにそれ。
恥かしい。
恥かしいけど。
「・・・したい、かもしれない。」
僕は先生から視線を逸らしたまま続ける。
タバコは吸わないし、吸うつもりもないけど、でも、それ、凄く・・・気になる。
先生の、どんな味・・・するんだろ。
柔らかな唇の感触が、体に蘇ってくる。
そういえば、今日は先生とキスし損ねてた。
だからかな。
凄く、したい。
顔が火照ってくる。
「うん。」
それだけ、返事をされる。
けれど、いつの間にか、先生の笑う声が聞こえなくなっている。
先生も、思ってくれてる?
僕と同じように、キスしたいって・・・。
少し間を置いて、再び、先生の声が届く。
「機会があればね。」
僕は、ふわっとしてくる体をシートベルトの上から手で押さえつける。
「うん。」
意識が、自分の唇に集中してくる。
体が熱い。
恥ずかしくて、でも、気になってのぼせてゆく。
何処にも触れてないのに、先生に体温を上げられてゆく。
僕は意識的に深呼吸を繰り返す。
身体が浮いて飛んで行かないように。
ピッと音がして、僕は顔を上げた。
辺りを確認すると、いつものコンビニの駐車場ではない。
ここには以前にも来た事があった。
住宅街に紛れた公園の脇。
ポツンと街灯が灯っているだけで、あとは、窓越しに僅かに虫の音が聞こえる暗闇だった。
僕は先生を振り返った。
ほんの僅かに薄く光に照らされて、先生の輪郭がぼんやりと視界に入る。
先生の座席から、カチャとベルトを外す音がした。
衣擦れの音がすぐそこでして、先生の影がこちらに向かってくる。
瞳が僅かに照らされた光を反射して、こちらを見ている事がわかった。
その瞳に、漆黒の睫毛が更に闇を纏って黒く影を落としている。
先生の影がゆっくりと移動してくると、僕の身体はじっくりと時間を掛けて、漆黒の熱に飲み込まれてゆく。
熱く高鳴る高揚に浸りながら、混じり合い、重なり合い、溶けて入って消えて、僅かな水音だけが僕の存在をここに確かめる。
先生が衣擦れの音と宵闇の中に僕を覆い隠した。
煙の匂いも、味もしない。
その代わり、甘酸っぱいフルーツの香りと、ほんのり苦いコーヒーの酸味を感じたような、そんな気がした。
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