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第153話

153.  「嘘だ!」  僕は、先生の運転する車の助手席に座ったまま喚いた。  だって、約束した。  約束したじゃん。  僕等でアンを守るって、約束したじゃん。  先生がアンを突き出すなんて、そんな事する筈無いんだ。  そんな事する筈無い。 「ねぇ、先生、誰にハメられたの?!何でこんな事になってるの?誰かに脅されてるの?!どうなってるの?」 「王子、落ち着きなさい。順を追って説明するから。」  説明するって何?  計画があったの?  そういう話で、そういう算段で進めていたの?  どういうこと。 「信じてたのに。」  僕はぼそりと呟いた。  もう、先生の顔がまともに見れないかもしれない。  胸が押し潰されそうに軋む。 「すまない。けれど、これしか助かる方法が無かった。」 「どういう事ですか?」  もう全然わからない。  一体何が起こっているの? 「うん。だから先ずは落ち着いて話を聞いて。出来るね?」 「は、はい・・・。」  先生は静かな口調で、淡々と言葉を発する。  それが、やけに冷静で、静か過ぎて恐怖を覚える。  車が交差点の角を曲がった。  そういえば、僕は一体何処へ連れて行かれるのだろう。 「じゃあ、説明するよ。君は俺が話し終えるまでの間、静かに黙って話を聞くように。できるね。」  前方を見ながら先生が念を押してくる。  僕は一言だけ返事をする。 「はい。」  いつも、話の途中で冷静さを失う僕は、窘められるのも当然だった。  唇を噛み締める。 「いいかい。話を進めるよ。まず、今日、中原が見つかった。」 「えっ!」  それはいつ?  今日の事?  本当に展開が急過ぎて、一体何が起こっているのが飲み込むのに時間が掛かる。 「俺が仕事中、カラスが飛び込んで来て伝言を貰ったよ。中原が見つかったから、直ちに老中は招集されよと。だから、俺は今日、アンを突き出すしか無かった。」 「えっ、どうして?」 「中原が老中に返り咲けば、遅かれ早かれ、アンの所在をバラされて、尋問にかけてくるだろう。そうなると、アンどころか、匿っていた俺や君の身までも危険に晒す事になる。幇助の罪は重い。」 「そんなの僕は全然いいよ。幇助の罪なんて。」 「君が気にしなくても俺は君を助けなければならない。幇助の罪は死刑だ。」 「えっ。」  僕は思わず先生を見た。  重過ぎる現実が僕にのし掛かる。 「吸血鬼界は、基本的に罪を犯せば何でも極刑になると思っていい。そういう厳しい世界だ。覚えておきなさい。」  知らなかった。  そんなに厳しい世界だったなんて、聞いてない。  いや、今までの事で、僕が自分で気付くべきだったのかもしれない。 「俺は君が惜しい。絶対に失いたく無い。このまま黙ってアンを突き出さなければ、必ず幇助の罪で君は捕まる事になる。勿論俺もだ。このままでは三人命を落とす事になるのを、今回はまず、君と俺の命を救った。」 「す、救ったって・・・。アンは・・・。」  僕の目の前に絶望の色が過ぎる。  つまり、アンの犠牲を持って、僕等が助かった事になる。  そんな・・・。 「アンを犠牲に生に縋りたくなんかない!」 「違う。」  先生が短く言葉を吐き出す。  その短さが、やけに胸に突き刺さる。  鋭い言葉が洗練さを増してゆく。 「君の察するところだよ。けれど、少し考え方を変えるんだ。」 「・・・え。」 「3人捕まってしまえば、アンを助ける者は居ない。しかし、俺達は、助かった。」 「だから、そんなの・・・。」  僕は息苦しくて言葉を詰まらせる。  アンに何て申し開きしていいのか解らない。 「良く聞け。俺達ば捕らわれてない。動けるんだ。捕まらなければ、動けるんだよ。」  動ける? 「アンを助ける為に動くことが出来るんだよ。」  そうか、そうだよ。  例えアンが捕まってしまったとしても、まだ完全に望みを失った訳じゃ無い。  僕等が居る。  そうだよ。  僕等が助ければ良いじゃ無いか! 「俺と君が助かる事は、とても重要な事だ。君は、俺が一体誰で、君は一体誰なのか。自分で解っているか?」 「え?」  え、どういうこと?  先生は先生だし、僕は僕だよ?  僕は首を傾げる。 「いいかい。」  先生が鋭く言葉を発する。  前方を見据えたまま、切れ長の瞳が更に鋭利に閃光を放つ。 「吸血鬼界最高権力保持者、太宰老中と森補佐官だ。」

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