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第155話
155.
震え出しそうな肩を必死に堪える様子で、先生は僕を見ていた。
それから、僕に小さく声を掛ける。
「ベッドに横になって。影で誰かに覗かれるかも解らないからね。それから、20分ほど様子を見るふりをして、落ち着いたと思わせてから、改めて夏目老中と対談しよう。」
僕は、先生の目を捕らえ、何も言わずにベッドへと潜り込んだ。
それから恐怖に震えるふりをして、太宰先生の腕を借りて纏わり付く。
「うん、君はカンペキだよ。」
先生は、必死に何かを堪えながら、僕にだけ聞こえる声で呟く。
それから時計を確認する。
「俺達の結束力を見せ付けるのにも、持ってこいのシチュエーションだな。これだけ思いっきりやれば、親子として、他人の入る隙など無いという所を知らしめる事が可能だ。いいぞ。」
「あの、あんな大袈裟にやってしまって、白々しくありませんでしたか。」
「全然。夏目老中なんて声も出ない程、動揺していたじゃないか。君は才能あるな。」
「そうですか?」
僕がにやけそうになると、先生が抑止に入る。
「まて、まだ早い、苦しんでるふり。」
「う。」
これは、苦しむふりっていうか、笑い出しそうなのを抑えるのが苦しいよ!
でも良かった。
ここまでは、多分上手く行ったんだな。
それにしても先生は凄い。
今日、中原が見つかった筈なのに、その瞬間に作戦を立ててその日のうちに実行に移しちゃうなんて。
何処にも隙が見当たらない。
凄い。
しかも、やってる事がなんだか老中っぽい。
いや、確実に老中なんだけど、今まで僕が見ていた姿は保険の先生だったからね。
うん、今日はとっても老中だ。
僕は全然知らなかったから、波に飲まれて揉まれただけだったけれど、いつの間にか先生の手駒として舞台に立たされていたらしい。
そしてそれは、先生のシナリオ通りだった。
凄いな。
「王子、苦しんでる所悪いが、会話は続けるよ?あの状態から20分で劇的に良くならなきゃいけないのだから、そうなるだけの決め手が必要だろう。親子の絆で劇的に回復する息子。実にドラマチックだな。」
「ええっ、今は苦しむんですか、安心するんですか。難しいですよ。」
「さぁ、そこはほら、名俳優森王子にお任せだよ。」
「うわ、丸投げされた。わー。」
ちょっと、僕、演技の素人なんだけど。
この丸投げは緊張感のカケラも無くて酷くないですか。
もう、どっちで行けばいいんだよ。
「む。」
僕はじっと、先生を見詰めて縋る。
先生は一体どうしたいんだ。
「うんうん。いいよ。けど喋らなきゃ。そうだな、じゃあ、強いて言えば、苦しみながら楽しんで、怖がりながら幸せにいこう。」
「はい?!」
余計わからない!
何だこの難題は。
先生が無茶振りすぎる。
「駄目駄目、沈黙は禁止だよ。ほら、誰に見られるかわからない。はい、後10分で元気100倍森王子にならなくちゃ。気張って。」
「えっ、100倍?普通の森王子じゃ駄目なんです?」
「普通じゃ面白くないだろう?」
えええー。
先生が遊び始めた。
テンション上げればいいの?
どうなの?
全くわからないよ。
「ほらほら。お口がむっつりしているよ。」
そう言うと、先生が僕のほっぺたを親指と中指で摘む。
「うぃっ、いたっ。ちょっと!先生、っていうか僕、むっつりじゃないです!」
「そうか?大分むっつりだと思うけどな。」
「ちょっと、先生。今日完璧なのに、変ですよ。どうしたんですか。いつもと何だか違う。」
すると、先生は僕の頬から手を離し自分の顎に添えた。
「うーん、そうか?そうかもしれないな?」
「そうですよ。すっごい楽しんでいるみたいですし、もっと緊張してくださいよ。」
僕は徐々に、先生の態度に呆れ始める。
だって、元老院相手に皆を騙さなきゃいけないんでしょ?
そんな緩んだ事でいいのだろうか?
「楽しいよ?楽しいな。そうだな、極限状態なのは俺だな!ランナーズハイに似ているかも知れないな、ははは。」
はいいい?
笑ってる場合か!
先生のテンションがぶっ飛び始めた。
ヤバイ。
ちょっと、僕じゃ無くて、先生がヤバイじゃん。
これ、どうしたらいいんだ?
「先生、落ち着いて。そんなに緊張してたんですね。ですよね。僕も元老院で裁かれるのに、壇上登らされたら吐きそうになりましたから。あ、そうだ、吐いてきたらいいんじゃないですか?もう、いっその事吐いちゃいましょう。そうしましょう。」
「楽しくなってるのに気持ち悪い訳ないだろ?王子に心配して貰えるなんて俺は幸せだな、うん。ははは。」
わー。
これ、完全におかしい。
先生ってこんな感じのキャラだったっけ?
いやそんな事ない。
楽しいのは大いに結構なんだけど、時と場所を選んでよ。
つまり、今は駄目だろ!
僕がベットの上で唸りそうになると、先生が制止に入る。
「こらこら、あと3分我慢。カップ麺と同じタイミングで出来上がるんだよ。さぁ、黙らない。名俳優宜しく。」
「ちょ、先生。さっきから本当無茶振りし過ぎなんですってば。そんな高度な技術持ち合わせてないです。僕、素人なんですよ?」
「そうだな。ははは。」
うおお。
ははは、じゃない!
「先生はなんでそんなに余裕なんですか。いや、楽しい事はいい事ですがもっと緊張感持ってくれないと、僕もどう対処したらいいのか解りません。笑えばいいんですか、泣けばいいんですか。実際のところ、僕は先生に無茶振りされて心底困っています。」
僕が困り果てて先生に尋ねると、先生がにこりと笑った。
「完璧。よし、君が饒舌になって回復した体で、夏目老中に改めて会見するぞ。行こう。」
先生が爽やかに立ち上がる。
僕も慌てて、先生の後を追う。
さっきまでの会話ってそういう事だったの?
僕が最後饒舌になれば良かったの?
・・・やられた。
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