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第157話
157.
先生と僕が来たのを確認すると、夏目老中が立ち上がる。
「具合はどうですか。心配しましたよ。」
「有難う御座います。まだ万全ではありませんが、大分良くなりました。ご心配お掛け致しました。」
僕はペコリとお辞儀する。
「話は出来そうですか?そこに座ってください。」
夏目老中を心配させてしまったのがよく伝わってくる。
けれど、気の良さそうな微笑みを振り撒かれて、僕は申し訳なく感じた。
こんなに良くしてくれている人に、嘘をついている。
そして、これからまた嘘を付かなければならない。
胸の奥が重くなる。
「有難う御座います。失礼します。」
太宰先生が挨拶し、そこのソファに腰掛ける。
「森を隣に座らせても宜しいでしょうか?本人はああ言ってますが、そこに立たせているより、私の隣に座らせた方が安心できて、話も進めやすくなるかと思います。」
「ああ、勿論構わないですよ。森君も座りなさい。」
「有難う御座います。失礼します。」
僕は言われるままに、その言葉に甘えて先生の隣に腰掛ける。
すると先生は、再び口を開く。
「こちらの森が腰掛けているというのに、正岡さんを立たせているのは申し訳ない。是非正岡さんもお座り頂きたく思います。」
「いえ、私のことは、お構いなくお願い致します。」
先生に正岡さんと呼ばれた男性は、この室内へのドアを開けてくれた秘書さんだった。
先生の言うことは最もで、僕が座っているのに、正岡さんが立ち通しでいられるのは、心苦しい。
僕は、視線を夏目老中に向ける。
「そうですね、そうしましょう。正岡。こちらに来て座りなさい。」
「お心遣い有難う御座います。では、お言葉に甘えさせて頂きます。その前に飲み物を準備致しますので、その後、失礼します。」
正岡さんは、いかにも秘書らしく礼儀正しく挨拶すると、一度退室していった。
僕は、上手く話せるだろうか。
暫くすると僕の目の前には温かな紅茶が用意された。
緊張して喉が乾く。
一気に飲み干したい衝動を抑えて、そこにある角砂糖を一つ入れると、火傷しないように遠慮がちに一口啜った。
「森君、話は出来そうかな?」
夏目老中が柔らかな語調で僕に尋ねてくる。
「はい。大丈夫です。」
僕は紅茶のカップをテーブルに戻すと、前を向く。
僕の目の前には、夏目老中と正岡さんが座っていた。
二人とも良く見れば、端正な顔立ちをしている。
本当に吸血鬼には美形が多い。
「では、いきなりだが時間が惜しいので本題に入るよ。私は出来るだけ早期に解決するのが望ましいと思っている。そこで、今週日曜、臨時会を開きたいと思うが良いかねぇ?彼女の処遇はそこで決定したいと思うよ。」
「今週、ですか?」
先生がその案に疑問形で返す。
僕の体も強張っていた。
今週なんて早過ぎる。
だって、今週の日曜日と言ったら3日後じゃないか!
もっと時間が欲しいし、もっと時間に余裕があると思っていた。
全身から血の気が引いていく。
「左様。」
夏目老中が静かに続ける。
「行方知れずだった中原殿をやっと見つける事が出来た。どうやら彼の話だと、彼も被害者らしいじゃないか。付け狙われていたので身を隠していたのだと言うのだよ。」
僕には直ぐに、中原が保身の為にでっち上げた真っ赤な嘘だという事が分かった。
僕らの予想していた通り、全ての罪をアンに擦りつけて、自分だけは悠々と老中に返り咲こうとしている。
けれど、まだ此処で言う訳にいかない。
証拠がまだ無い。
「理由が理由なので、この件は早くに手を打ち、来月の引き継ぎに向け時間に余裕を持ちたいと思うのだが、どうかな?」
どうしよう。
断りたいのに上手い言い訳が見つからない。
こちらの準備はまるで進んでいない。
まだアンを助ける為の作戦や証拠が、何も揃ってなどいないのだ。
「わかりました。来週、元老院に伺います。」
隣に座っている先生が、平然と返事をする。
僕は夏目老中の案に、抵抗を示さない先生に振り返る。
なんで?
先生なら、何か良い言い訳が出来ると思っていた。
助けたいのに、このままだと助けられらない。
だから、時間を伸ばして欲しいのに。
受けたら、それだけ証拠を集める時間が無くなる。
けれど、解っていても僕は黙っているしかなかった。
今の目的に、夏目老中を味方につける事を忘れてはならなかったからだ。
きっと先生に何か良い考えがある筈に違いない。
「裁判前に、こうして話が出来るのだから、事前に色々と話を聞いておきたいと思うのだが、どうかな?君が人質に取られている時は、どうであったか、詳しく聞かせて頂けないかねぇ。」
「あっ、え・・・。」
突然アンとの事件の詳細を聞かれて、僕は焦った。
何て説明するかなんて、全く何も考えてなかった。
やばい。
「あ、あの、まだその・・・。」
僕が口をもごもご動かすと、何処からとも無く先生の腕がこちらに伸びてきて僕の肩に回される。
そして、そのままぐっと引き寄せられて肩を抱き込まれてしまった。
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