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第158話
158.
僕は先生に抱き込まれて身動き出来なくなっていた。
な、ちょっと、せんせい!
何やってるんですか!
夏目老中と正岡さんと対談している目の前で、これは恥ずかし過ぎる。
さっきの緊張とは別の緊張が僕を襲う。
「申し訳ありません。落ち着いてきたとはいえ、状況を思い出すとなると話は別です。先程の事なので恐怖に向き合うのは余計辛いでしょう。囚われ時の状況説明の前に、森に、被疑者が現在何処でどのように監視されているのか伝え、安心を得てから話すという順序でも宜しいですか。」
頭の上で、先生の声が通り抜けていく。
先生が助けてくれたんだ。
この間に、少しでも頭の中で練らなくちゃ。
「それもそうだねぇ。森くん、配慮が至らず辛い思いをさせてしまったね。坂口安子だが、現在は身柄をしっかりと確保し、元老院に向かって輸送中だよ。凶器は勿論のこと、ある程度の所持品も押収してある。もう、何も心配はいらないよ。」
「はい。」
夏目老中が優しい口調で、僕に語りかけてくれる。
そうか、まだアンは生きている。
捕らわれているだけで、まだまだ望みはある。
「そうですか。所持品には何がありましたか。老中として把握しておきたいですが、お尋ねしても宜しいですか。」
先生が夏目老中に尋ねた。
「勿論だとも。ただ、まだ全てとは言い難いんだよ。また、この後になるが太宰殿は自宅に戻り次第、所持品の確認に協力して欲しい。太宰殿でないと被疑者の物なのか、太宰殿の物なのかわからないものも多数あると報告を受けている。」
「勿論です。捜査には全面的に協力させて頂きます。」
「報告にあった凶器は注射器だ。森くんの話をまだ聞いていないが、現場から押収された刃物類に被疑者の指紋は無かったらしい。所持品についてはごく僅かで、恐らく被疑者の持ち物と思われるバッグの中には大量の現金が入っていたそうだ。また、突入時には部屋の奥で煙草を吹かしていたと聞いた。」
「注射器?」
「バッグの中に空の注射器が入っていたらしいねぇ。恐らくそれを突き付けて森くんを脅したのだと思うが、どうかね?」
夏目老中が僕に話を振って来た。
今の話で、なんとなく僕にも状況が飲み込めて来た。
余計な事を言う前で良かった。
注射器なら、以前確かに突き付けられたし、それを再現すればいい。
あれ、でも空のって言ってたよね?
これはどう説明しよう?
前に突き付けられた時は、ばっちりアンの血液が封入されていたけれど・・・。
兎に角、上手くいきますように。
「はい。来客だと思ってうっかりドアを開けたら、いきなり注射器を体に突き付けられて・・・。僕もパニックになってしまって、言いなりになるしかありませんでした。」
「そうですか。怖い思いをしましたね。説明してくれて有難う。」
「はい。」
これで大丈夫かな。
不安だけれど、ひとまず納得してくれたようだ。
僕はホッと胸を撫で下ろした。
きっと、僕の肩を抱き込んだままの先生には、僕の心境がどうであるかバレているに違いない。
変な事言ってませんように。
それだけが不安で仕方がない。
「現金と煙草というのは?」
「さて、逃亡用資金に違いないだろうが、それにしては量が多いらしいのだよ。銀行を使うと足が付く上、凍結されては引き出せなくなり困るからだろうが、本人から聞いてみないことには断言も出来ないしねぇ。押収したマイセンは恐らく彼女のものとみて間違いなさそうだねぇ。ときに太宰殿は煙草を嗜むのかな?」
「いいえ。夏目老中は煙草を嗜みますか?」
「いやぁ、私も煙草は吸わないねぇ。太宰殿の物でなないとすると、そのマイセンも彼女の持品で間違い無いようだねぇ。私の見立てだと、何処からか中原殿が保護されたという情報を得た為、元々中原殿を狙っていた坂口は計画を練り直し標的を改めたのだろう。そこで、逃亡資金を得るつもりで太宰殿の家に押し入り、人質をとり立てこもり事件を起こした。と見ている。」
「そうですね。私も夏目老中とほぼ同じ意見です。私の家はセキュリティもそう高く無い。狙い易かったのでしょうね。森を人質に取れば元老院相手に取引が出来ると踏んだのでしょう。しかし、我々の方が一枚ウワテだった。」
「太宰殿の指揮はお見事でしたよ。被害が少なく済んで良かった。」
「とんでもありません。夏目老中が迅速に人員を割いて下さったお陰で、早期解決することが出来、森を助け出せました。感謝しております。」
先生が夏目老中にお礼を言うのを見て、僕もすかさず会話に割って入る。
「あの、有難うございました。夏目老中が助けてくれ無かったら、僕は今頃殺されていたかもしれません。」
体は先生に抱き締められているので、頭だけ、ペコリとお辞儀する。
顔を上げると、人の良さそうな笑顔の夏目老中が映った。
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