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第161話

161.  僕はバスタブの中で先生の上に馬乗りになりながら、湯船に浸かっていた。  けれど僕はその体勢を崩すに崩せないでいる。  その代わり、表情だけは見られまいと、先生の肩口に頬を寄せてしがみ付いていた。  本当に嫌になる。  今日はとても長い1日だった。  それ故に心も忙しくて疲れ切っていた。  もう何も考えたくないと、せめて先生と一緒にいる間は考えるのを辞めたいと、そう思って考える事を放棄したら、先生に連れられて家まで戻っていた。  暫くは、僕は部屋の隅に置き去りにされて、先生はでっち上げ事件の事後処理を担当者とやり取りをして忙しそうだった。  それから僕も引っ張り出されて実況見分に参加させられて気が休まらず、ずっと緊張が続いた。  それらが一通り終わり、皆が帰ってしまうと僕は椅子に座り込んだまま疲れて動けなくなった。 そんな僕を見兼ねてか、いつの間にか先生に服を脱がされ全裸にされて、気付いた時には一緒にお風呂に入っていた。  別にそこまでは良かった。  考える事を辞めたいと思いつつ、しっかり家には電話を入れて遅くなると連絡だってしたんだ。  でも、先生の家の玄関の扉を開けた時は、タバコの残り香が鼻に漂ってきて胸が苦しくなった。  結局考える事を止めることなんて出来なくて、でも考えることを放棄したフリは出来てしまって、中途半端な僕は先生に裸にされたんだ。  それも良かった。  何だって良かったし、どうだって良かったし、好きにしてよって思っていた。  だから当たり前だけど抵抗なんかする訳なくて、先生のやる事を受け入れるだけだった。  そして、僕は最悪だった。  何も考えないフリをしていたのに、先生の指が僕の体の上を泡と一体になって滑って行く度に、僕の体は己の意に反してどんどん過敏に反応していった。  そんな事バレたく無かった。  バレたく無かったのに、抵抗する勇気もなかった。  だから、浸すら受け流そうと虚しい努力を続けて、考えてないフリを続けて先生の好きに体を撫でられ続けた。  でも、やっぱり無理なものは無理だった。  僕の体だけは、正直過ぎるほど正直で、勝手に反応して勝手に立っていられなくなって、先生にしがみ付いてバランスを取りながら、隙を見ては先生の背中を泡だらけにして僕も先生の上を隅々まで泡と共に指を這わせた。  先生に撫でられれば撫でられるほど、身体に熱が迸るのだった。  今日は本当に疲れた。  本当に今は考える事を辞めたかった。  理性と心と体が、全てチグハグな反応を見せて反発しあっている。  大人ぶって知ってるフリして平気なフリをするのは一人前なのに、内面は全然子供で、息苦しさに耐えられない。  だから、考えるのを辞めたかった。  明日からまた真面目に考えるからと、言い訳して、いい人ぶって、でも、中身は結局自分の事しか頭になかった。  だから、僕は最悪だった。  そんな最悪な僕は、更に最悪なことに、身体だけは一人前に先生に反応した。  だから僕は只の偽善者だった。  何をしたって、どんな言い訳をしたって、結局僕は自分が一番だった。  最悪だ。  だからそんな僕を隠したかったのに、先生の上に馬乗りになった状態のまま動けなくなるなんて、強欲過ぎてどうしようもない。  僕は僕の存在を誇張してくるそれを、先生の腹部に擦り付けないようにする事だけで精一杯で、離れる事なんてとても無理な状態になっていた。  僕がもっと考えなければいけない事なんて、沢山あるのに。  後ろめたさと欲望とで葛藤を繰り返し、そのどちらも決め兼ねて、中途半端に先生の上でじっとする事しか出来ない。  なのに、なのに。  意識すればするほど、僕は先生のお腹の上で動くことも出来ずに苦しむ。  きっと先生にはバレてる。  僕が自分自身に抗っていると、先生の指が僕の背中にお湯を流し、同時に撫でていく。  その度に、僕はぎゅっと先生の肩に力を入れて指を食い込ませた。  何でこんなに苦しんでいるのか解らない、解らないけれど、今日だけは素直に悦びを享受してはいけないと思い込んでいて、じっと耐え続ける。  けれど、身体は素直に勝手に先生に反応していく。  そんな葛藤の中で、徐々に息も上がってしまい、熱に呑まれてゆく。  心の何処かでいけないという背徳感を抱えながら、けれど激しく反応を見せる身体を抑える事はとっくに出来なくなっていて、遂に、息と共に声が漏れた。  一度漏れると、二度、三度、四度、五度、と歯止めは効かなくて、先生の指に翻弄される。  そして、心の抵抗は無意味になる。  身体に支配された心は、徐々に先生を求めた。  内側から発する熱なのか、それともお湯の温度なのか、兎に角熱くて仕方なくて、僕は先生の首に唇を添えてゆく。  すると、動くまいと決めていた筈の腰が争い、葛藤を繰り返しながら、ゆっくりと先生に向かって距離を詰めてゆき、ほんの僅かに先端が触れた。  その瞬間、僕の身体の先に伝えられる刺激が起爆剤になって、遠慮がちに、けれど、たっぷりと先生の腹部に僕を押し付けていった。  声が、漏れた。  息が、漏れた。  快感が、全身を駆け巡った。  そしたら、僕は先生に手を伸ばしていた。  僕が抗い方を間違えた瞬間だった。  だって、苦しかったんだ。  どうしようもなく苦しくて、だから一緒にって思った。  僕だけ一人で苦しむのなんて、もう嫌だった。  もう悩むのも嫌だった。  苛まれるのも嫌だった。  多分お風呂から上がったら、今は良くても、後で罪悪感に打ちひしがれる事になるのだろう。  まだアンの事が何も解決していないのに、僕だけ愉しむなんて許されないと思った。  多分先生を道連れにしたら、痛み分けで己の罪が軽くなる気がしたんだよね。  実際はそんな訳ないんだけど。  僕が手を這わせて、ゆっくりと動かすと、先生が身体を震わせながら声を漏らした。  僕はそれが嬉しくなって、遠慮がちだった腰をぐいぐいと先生の腹部に押し当てる。  そしたら、僕からも絶え間無く声が漏れ出て行った。  でも、僕の判断はやっぱり自己都合だった。  もう一度、もっと悦ばせたくて先生を掌で覆い込んで、快くしようとしたら、先生の手が僕の手に重なってきて、湯船の上に引き揚げられた。  ほぼ同時に、もう片方の手も引き揚げられて、万歳みたいな格好にさせられる。  これで終わりで、このままあっさりと解放されるのかなって思ったら、その考えも違っていた。  僕は先生に捕まえられたまま、唇を奪われた後、身体を弄ばれた。  文字通り、弄ばれた。  先生は相変わらず、僕を生殺し状態にしたまま、いつもみたいにやりたい放題僕の身体を弄った。  僕は熱にクラクラしていて、身体に力が入らず、浴室内では先生の唇の音が反響し続けた。  それから、先生の唇を這わせる音に混じって、僕の卑猥になってしまった声も。  気づいたら、抗うどころじゃ無くなっていて、ただ翻弄されていた。  それから、僕の腕は先生の首にしっかりと回されてしまい、唇は先生に埋められて、片手は僕の腰をがっしりとホールドされていて動けなくなる。  動けないのに、動けないまま、先生の空いてる手が僕の背中を這って行った。  脇腹を這って行った。  太腿を這って行った。  頸を這って行った。  僕の体に激流が走る。  その度に、僕は声を上げようとするのに、唇を奪われていて息もまともに出来なくて、くぐもった声に混じって唇が重なり合う音が浴室に響き渡る。  それから、僕は僕をお湯越しに直接先生の腹部に吐き出していた。  いや、お湯すらもそこにない程、僕は先生に抱き込まれていたかもしれない。  ただはっきりと解るのは、僕はまたひとりで、先生の指や唇や熱によって、快感に呑まれてしまい心も身体も真っ白になったという事。  そうやって僕は、久し振りに座った姿勢で抱き合ったまま、先生にオカシクされた。  もしかしたら先生も、今日は何かを僕で埋めたかったのかもしれない。  お互いに何も言葉を交わさなかったから解らないけれど、確かに感じた温度は、それはそれは熱くて火傷しそうだった。

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