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第162話
162.
「悪かったな。」
ベッドで力なく横たわっている僕の頭を撫でながら、先生が声を掛けてきた。
僕は湯船で力の限り果ててしまって、おまけにのぼせて動けなくなってしまっていた。
毎回このパターンで、つくづく体力の無さを痛感する。
しかも、今回謝られてしまった。
それが余計、悔しさを増長させる。
情けない。
「謝んないでよ。」
咄嗟に出てきた言葉がいかにも子供染みてて、余計自分に苛立った。
違う、そうじゃない。
「僕は先生で、先生は僕なんでしょ。先生が言ったんだよ。その僕に謝るのはおかしいんだよ。」
「そうだな。」
違う。
それも違う。
「違う。わかんない。ごめん。」
何でこんなに苛立つのか、よく解らなかった。
違う。
本当は解っている。
何故僕はイライラしているのか。
本当は、解っているんだ。
僕は自分の非力さに腹が立っていた。
でも、そんな自分を認めたくなくて、言い訳しようとして、言い訳を考えて、そんな言い訳を考えてる自分は最悪で、何かのせいにしようとしている自分が自分で許せなかった。
そんな下らない事を考えている位なら、もっと今後の事を考えるべきなのに、僕は自分の事ばかりだ。
さっきから、ずっとそうだった。
ずっと自分の事しか考えられないでいる。
だから、イライラしてる。
さっきの事だって全部そうだ。
お風呂に一緒に入った事だってそうだ。
研究所での事だってそうだ。
アンが捕まった事だってそうだ。
アンと仲良くなった事だって。
先生の事を好きになった事だって。
僕が吸血鬼になった事だって。
全部、全部、全部、自分の行動が反映されていた。
結果は後から付いてきただけだ。
誰のせいでもない。
僕の意に反する結果だったからって、誰かのせいじゃない。
全部自分の行動した後に起こった事だ。
だから、それを素直に受け入れるべきなんだ。
受け入れて、次にどうすべきなのか考えるべきだ。
そんな当たり前の事なのに、それに向き合うのが怖くて、逃げ腰になっていた。
自分の事なのに。
そう、自分の事だよ。
全部、全部、全部、自分の事だよ。
吸血鬼になった事も。
先生を好きになった事も。
アンと仲良くなった事も。
アンが捕まった事も。
研究所であった事も。
先生とお風呂に入った事も。
なのに。
全部先生に何とかして貰おうとしてるなんて、情けないだろ。
いや、思っていなくても、実際今までずっとそうだった。
大体、先生が全部何とかしてくれていた。
けれど。
今回本当に何とかならなそうな気がしていて、焦っていて、でも何も力になる事が出来る気がしなくて、自分の非力さが許せなかった。
自分の事なのに、上手く回せなくて、情けなかった。
努力らしい努力なんてしてないから、そんなの当たり前なのに、勝手に落ちこもうとしてる自分にも腹が立った。
でも、勝手に自分が苦しんでいるだけで、肝心な事は一つも解らなかった。
何をどう努力すれば良かったのか、思い返してみても分からない。
僕は出来る事をやったつもりになっていた。
でも、結果に満足してないという事は、やはりやりきれていないんだと思う。
そして、そんな僕に一番許せない事が一つある。
それは、僕が諦めちゃいけないのに、諦めそうになっている事だった。
絶対あってはならない事だ。
アンの事は、僕等が絶対助けると決めたのに、その僕が諦めの気持ちでいるなんて、絶対ならない。
だから、僕は僕自身が許せなかった。
でもそんな事を考えている間にも、先程から先生が僕の頭をずっと撫でていた。
この状況は明らかにおかしい。
今は甘える時じゃないからだ。
本当に僕が何とかしなければいけないから、甘える事などあってはならない。
僕は目を閉じて唇を噛み締めると、先生の手を捕まえて引き剥がした。
今は駄目だ。
我慢しなくては。
「王子?」
先生が怪訝そうに尋ねてくる。
体を僅かに震わせた先生の驚きを、視覚で感じ取る。
「駄目なんです。僕が甘えちゃ駄目なんです。今だって彼女は孤りで居るのに。心細い思いをしているのに。僕がこんな事では駄目なんです。僕が助けなくちゃいけないのに。」
冷静になって思いを告げる。
助けたい。
必ず助けたい。
「うん。そんな王子に、俺から一つお願いしていい?」
「え、何ですか?」
先生が僕に改まってお願いしてくる事なんて今まで無かったから、びっくりして伏し目がちだった瞼を上げた。
「うん。」
先生が、こちらを覗き込んでいる。
「甘えたいから、抱き締めさせて。」
「えっ。」
僕は驚いて、変な声が漏れ出てしまった。
甘えたい?
先生が?
僕に?
「駄目?」
「いいえ、そんな事は・・・。」
僕は目を見開いて、先生をまじまじと見つめる。
先生からまさか、そんな申し出があるとは全く予想もしていなかった。
だって、いつだって先生は自信に満ちていて、正しくて、僕の憧れの大人だったから。
だからまさか、子供染みてるこんな僕に甘えたいと思うことがあるなんて、まるで思いもしなかった。
そう、子供の僕に。
何かの冗談かと思ったけれど、先生はそんな素振りは見せない。
それどころか、真剣な眼差しを僕に向けていた。
僕は困惑していた。
駄目な訳じゃないし、嫌な訳でもない。
寧ろそれは嬉しい事で、僕はいくらだって、どんな事をされたって良いと思っている。
そうじゃなくて、この僕に先生が甘えようとしてくるなんて、その事実が信じられないのだ。
っていうか、僕はどうしたらいいんだ?
あれ?
先生に甘えられるのって、僕はどうしたらいいんだろう?
どうしてあげると、先生の希望が叶うのだろう?
今まで一度も無かった事だから分からなかった。
そんな事を考えていると、先生の表情が曇っていくのが見て取れた。
違う違う、そういうつもりなんて無い。
「違うの。あの、僕どうしたら良いのか解らなくて。僕は全く構わないんだけど、どうしてあげるのが良いの?」
情けない事に、僕は先生に聞くしか無かった。
そんな事まで聞かないと解らないなんて、本当に僕って奴は子供だ。
僕が悩んでいると、先生は不思議そうにこちらを見た。
「何もしなくていいよ。抱き締めたいだけ。いいかな。」
「・・・え、はい。」
何もしなくていいの?本当に?
取り敢えず返事をするけれど、疑問は疑問のままだった。
けれど、先生の腕が伸ばされると僕は抱き締められた。
ゆっくりと先生の腕が、僕の身体を覆い包むと、僕は先生の胸に顔を埋めていた。
そして僕は思った。
これって、いつも僕が甘えてる時と何にも変わらないよね、って。
本当にこれでいいのだろうか?
先生はこれで甘えられてるの?
僕に甘える事が本当に出来てる?
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