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第163話

163.  僕は先生の腕の中で抱き締められている。  先生が甘えたいと言ったからで、僕が甘えようと思った訳じゃ無い。  でも、僕がいつも先生に甘えているのと全く同じで、これで先生が甘えてる事になっているのか判断がつかなかった。  のぼせて動けないで居た僕は、こうして先生に抱き締められて湯冷めする暇も無かった。  暑くて、くらくらする。  でも、先生の好きなようにさせてあげたい。  あげたいんだけど、やっぱり、駄目かも。  暑い。 「せんっ、せ。ごめ、ちょっと、もう無理かも。あつくて。ごめ。」  先生の胸から顔を浮かせて、外の空気で息継ぎをする。  暑くて苦しかった僕の喉に、身体よりは低めの空気が喉を通る。 「はぁっ、は、ぁ。体力無くてごめ・・・。ほんと、違うから。嫌とかじゃ無いから。じゃなくて、ほんと。あつっ・・・。」 「悪い。」  先生が僕から離れる。  と、飛び上がってそのまま部屋を出て行ってしまった。  ああ、やってしまった。  どんなに暑くても、我慢すべきだったかもしれない。  どうしよう。  ひとり、その場に取り残されて、けれどまともに身動き出来ない僕は、急に胸が苦しくなった。  拒否したのは僕なんだから、受け入れなくてはいけない。のに。  今日の僕は、いつにも増して駄目だった。  自分の所為だけど、僕の我儘のせいで、終に見限られた。  先生の望みを叶えてあげる事が出来なかった。  僕は先生のベッドの上で静かに呼吸を繰り返す。  良くなったら、せめて自力で帰らなきゃ・・・。  ガラガラと扉が開いて、出て行ったはずの先生が戻ってきた。  僕は向こうを向いたまま呼吸を繰り返して居たから姿を確認出来ない。  けれど、そこに居るのはやはりどう考えても先生だった。  だって、他には誰も居ない。 「王子、起きれる?」 「・・・。」  喉が痞えて上手く言葉が出て来ない。  早く帰れと言われるのかもしれない。  少し無理したら、動けるだろうか。  ところが、そうでは無かった。  僕のマイナス思考は、先生の行動で払拭される。  僕はそのまま、ベッドの上で横たわって居ると、先生に肩を そちらに向かされて、ぐいと片手で僅かに頭を持ち上げられた。  それから、先生の顔が近付いてきて、口を塞がれる。 「・・・っ?」  僕と先生の間にできた僅かな隙間から、低い温度の水が、唇の端から漏れて顎に伝う。  そして、それ以上の量の冷水が、僕の口の中に注ぎ込まれていた。  僕はそれを喉を鳴らしながらゆっくりと確実に飲み込んでいく。  僕が注がれた物を嚥下するのを確認すると、先生の唇が離された。 「っは。」  急な事だったから、それと同時に、僕は大きく呼吸をした。  先生が僕を心配そうに覗き込んで居る。 「大丈夫か?すまない。無理をさせ過ぎた。」  その言葉に、僕の胸は別の意味でまた締め付けられた。  身体を乗り出して、先生の手を捕まえて指を絡ませる。  アンのことが解決してないから甘えないと決めてたのに、無理だった。  嫌だ。  手放したくない。  手放せない。  我慢できない。  もっと欲しい。 「せんせ、もっと・・・。」 「すまない、うちにはストローが無くてな。起きれそうか?無理か?」 「ううん、いい。もっと・・・。」  欲しい。  欲しい欲しい欲しいもっと。  先生が僕の見ている前でグラスに口を付けると、そのまま先程と同じように僕の口を塞いでくる。  僕の胸と喉がきゅっと締まり、注がれてくる冷水は音をたてながら、僕の細くなった喉を通っていった。  そして、唇を離されると僕はまた大きく呼吸をする。 「っは、ぁ。」  先生はやっぱり僕の事を心配そうに覗き込んで居る。 「大丈夫か?苦しいか?」  そう言うと、僕の目元を人差し指で拭った。  僕は冷水を口に含ませられて、口の端から漏らすのと同時に、涙も零していた。  だから、余計先生が僕の事を心配していた。  違うんだよ。そうだけど、そうじゃ無いよ。 「ううん、いい。もっと。・・・して。」  僕は欲しくて仕方なくなって、先生を引き寄せる。  押さえ込もうとしても、無理だった。  やっぱ、そんなの無理。無理過ぎる。  こんな風に優しくされて、抑え込むなんて無理過ぎる。  はぁ、無理過ぎる。過酷過ぎる。  好きな人にこんな風に大事にされて、意志の弱い僕が抑え込もうとするなんて、そんなの無理だよ。  アンに対して申し訳ばかりの罪悪感を抱えながら心の中で懺悔して、先生を求めて欲した。  先生が、求めてくる僕に対してそれに応えてくれ、再び口を塞がれる。  あぁ、僕に沢山手があったらいいのに。  せっかく繋いだ手を名残惜しく感じながら振り解くと、代わりに先生の頭に手を添えた。  僕に注ぎ終わっても、先生が逃げられないようにする為だった。  僕がすっかり飲み干してしまうと、後ろに退けない先生の咥内に侵入する。  先生の口の中は氷水のように冷たく冷やされていて、気持ち良かった。 「ぁ、ふ・・・。ぅんっ。」  苦しくて仕方なくて、胸が締め付けられて、でも、甘く気持ちいい。  全部先生のせいだ。  先生のせい。  僕をこんな風にするから悪い。  僕の心を奪うのがいけない。 「ん、っ・・・っふ、んっ。ぁっ。」  僕は先生の頭をぐいぐいとこちらに引き込む。  先生が僕の居るベッドの脇に手を付いて、バランスを保とうとしているのを僕は気にも止めずに、更に強引に先生の頭を抱えて唇を離さぬまま、先生の身体を僕の体の上に移動させた。  我慢なんか出来るかよ、無理だよ。  欲しいよ。  滅茶苦茶好きだよ。

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