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第164話

164.  僕は先生の髪に、自分の指を絡めてゆく。  それから、キスを貪った。  好きだった。  好き。  これからも好き。  今も、過去も、未来も、きっとずっと好きだ。  僕もこの人を守りたい。  この人が欲しいものをあげたい。  求めるものを解りたい。  今は?今欲しいものは?  先生の言葉を信じるなら、僕だ。  僕をあげよう。沢山。抱きしめて、キスしよう。沢山。  見上げると、僕に捕まえられた先生の瞳が潤みながら、僕を見ていた。  綺麗だった。  いつ見ても綺麗だ。最初から綺麗だった。初めて見つめられた時から綺麗だった。  黒曜石の煌めきが、僕の瞳に映り込む。綺麗だ。  ゆっくりと先生の髪を梳く。  それから僕の上に彼を乗せて、そのまま抱き締めた。  彼の重さが苦しくて、それが幸せだった。  僕は言葉を探す。 「好きだよ。」  僕の知っている中で適切な言葉は、実は簡単な言葉だった。  薄っぺらいだろうか。  彼は信じてくれるだろうか。  軽々しいだろうか。  僕の思った通りの意味で、受け止めてくれるだろうか。  簡単に言っていると思われないだろうか。  誰にでも言うと思われないだろうか。  心が籠っている事が伝わるだろうか。  言っても良かっただろうか。  言われたら彼は嬉しいだろうか。  その一言に、たった一言に、色んな気持ちが雪崩れ込む。  自分を表現する事は怖い事だ。  自分の気持ちを伝える事は怖い事だ。  それは相手が居るから。  相手がどう思うのか、不安があって、それが心配で、相手の気持ちが解らないから怖いのだ。  でも、言わなければ伝わらない。  自分の気持ちを表現しなければ伝わらない。  態度で示せば良いと言う人も居るだろう。  それも間違いじゃないし、正しい。  でも、よく考えて欲しい。  言葉が存在する意味を。  何故言葉があるのかを。  言葉が必要で、態度も必要で、そのどちらも必要で、どちらも欠けてはいけない。  どちらが重くて、どちらが軽いかなんて、そんな愚問は問わない。 「好きだよ。」  僕の大切な人に言葉をかける。  それから抱き締める。  頭を撫でて髪を梳く。  丁寧に、丁寧に、彼を撫でてゆく。  すると、僕にされるままでいた彼が、僕の首筋に舌を這わせ始めた。  擽ったくて、声が出てゆく。 「あっ、ん。ああっ。」  彼の髪を梳き、彼の背中に腕を回し、指を這わせ、臀部を撫でる。  引き締まって、硬くて、柔らかくて、隆起して、でもなだらかで、其々の筋の窪みに沿って僕は指を這わせた。  彼が身動ぐ度に、隆起する箇所に変化をもたらし、窪みもまた変化する。  その変化を確かめる為に、何度も何度も執拗に指を這わせれば、矢張り再び形が変わる。  僕はそれが嬉しくて堪らなかった。  体へ感じる重みも、重力を増した。  息苦しくて、それが嬉しい。  そして、気持ちが良い。  心地が良い。 「好きだよ。」  再度、彼に告げる。  それから矢張り髪を梳く。 「あっ、ん。」  また、彼の唇が僕の首筋に触れ、そして暖かで湿った柔らかなものが這い回った。  それも気持ちよくて、僕の全ての感覚が彼を感じて嬉しいと騒ぐ。 「好きだよ。」  押し潰されそうなほど深く重く、けれど押し潰されない僕は、彼の身体を僕の体の上で支える。  この重みを感じる事が出来る、今この瞬間が、愛おしい。 「好きだよ。」  深く抱き締めて、深く撫で回して、僕の深いところで彼を見つめる。 「あんっん、はぁ。」  そして感じる。  彼の温度と柔らかさ。動き。僕の体で直接感じる、彼の温もり。 「好きだよ。」  彼の耳元でそっと囁く。  それから、僅かに身を捩りその耳に唇を寄せた。  すると、今まで全体に圧力を感じていた身体から、それが逃げて不規則になる。  それでも構わず、僕は続ける。 「好きだよ。」  僕は再び告げると、また同じように彼を舐める。  僕の首元に、熱い吐息が漂い始めた。  それも気持ちいい。 「好きだよ。」  何度も、何度でも。  今のこの気持ちを彼に伝え続ける。  聞き飽きただろうか。  もう必要無いだろうか。  そんな思いが交錯するも、彼の動きがそうでは無い事を僕の体に伝えてくれる。 「好きだよ。」  彼の体重を感じながらその背中を撫で、彼の耳元で囁く。  たったそれだけ。  でも僕には極上の時間だった。  再び彼の唇が僕の上をなぞってゆく。 「ふ、あっ。あっ、あぁん。」  気持ちいい。  蕩けて溶けてなくなりそうなのに、でも僕は僕の形を保ち続けている。  だから、僕はまた囁く。 「好きだよ。」  いつの間にか、震わせている肩を抱き締めて、また囁く。  掌で丁寧に撫でてゆく。 「好きだよ。」  徐々に小さくなってゆく肩を、僕は大切に抱き締める。  頭を撫でて包んでゆく。 「好きだよ。」  何度も。 「好きだよ。」  何度でも。  ルビーに染まる彼の目尻を見つけてしまって、僕は零さぬように唇を添えた。

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