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第165話

165.  扉が開くと、以前来た時と同じように扇型に座席が並び、その中央に太宰先生を含む老中3人が歩いて来ると、横並びに座った。  そこに向かい合うように、アンと中原、僕がそれぞれ間隔を置いて椅子の前に立った。  今回はアンの背後に、萩原老中の秘書の三好さんと、夏目老中の秘書の正岡さんが控えていた。  多分今回はアンの罪がはっきりしている為、監視役として付けられたんだと思う。  僕は緊張していて、拳を握り締めていた。  その時が来るのをじっと待つ。  喉が渇いて、張り付いた。  カンカンと木槌が打ち付けられる。  萩原老中の合図が、始まりを告げた。  もう、逃げも隠れも出来ない。  足にぴったりと付けた拳が震えるのを感じた。 「これより、森王子殺人未遂事件及び太宰邸立て篭もり事件の公判を行う。」  あの日と同じ声で、萩原老中が唸った。  厳重な空気が、ピリピリと場内を満たしている。  僕の胃はひっくり返りそうになって、キリキリと締め付けられ、油断すると喉の奥が焼けそうだった。  ドクドクと全身に血液が巡り、僕の中で煩く騒いでいる。  立っているだけで、辛い。 「まず始めに、坂口くん。君には黙秘権がある。つまり話したくないことは、何も話さなくてもいいのだよ。一言も喋らずとも良い。」  夏目老中が予め前置く。  それを確かめると、萩原老中が続けた。 「被告坂口安子は、某日、森王子の殺害を企て、また某日、森王子を人質に取り立て篭もった。間違いないね?」 「・・・。」  アンは黙ったまま俯いている。  きっとアンは話さない。いや、きっと 話せない。  この状況は、正に真犯人の思う壺だった。 「これが証拠の品々です。」  夏目老中が立ち上がり、そこの台にそれぞれを並べてゆく。  針付き注射器が一本、シリンジ一本、注射針一本、アンのバッグ、現金、青い煙草の箱が並べられた。 「萩原老中、坂口が話さないので、私が事件の全貌を予測し見解を述べたいと思うのだが、如何かねぇ?」 「宜しい。委せよう。」  夏目老中が尋ねると、それに萩原老中が許可を出す。  僕は、一連の流れを静かにそこで見守るだけだった。 「こちらの注射器が、坂口が森王子の最初の襲撃に使ったとされる針付きの注射器になります。これには坂口の指紋が付着しており、事件当時は中には坂口の血液が封入されていた形跡があります。また、こちらのシリンジが立てこもり事件の際、脅しに使ったと思われる注射器になります。これにも坂口の指紋が付着しており、凶器に使われたものとみて間違いないと思われます。そして、これらは立てこもりの際に所持されていたと思われる証拠品になります。」  夏目老中が一通りの証拠の説明を終えると、次に太宰先生が口を開いた。 「萩原老中、私から事件の推測と見解を申し上げて宜しいでしょうか?」 「続けたまえ。」 「有難うございます。」  先生が、一旦言葉を区切ると続ける。  けれど、続いた言葉はアンに関するものとは少し違っていた。 「ところで、夏目老中。立て籠り事件の凶器に使われたという注射器には坂口以外に私の指紋も付着している筈です。何故それは黙っているのですか?それも現場から押収された筈です。」  んん?あ、いや、それはそうだ。  だって、立て籠り事件はでっちあげで、アンが準備したものなんて最初から存在しない。  現金、タバコ、バッグは凶器ではないので置いておくとして、証拠となる凶器の注射器は元々先生の家にあった備品に過ぎないのだ。  けれど、新たな証拠の存在や、それを指摘して先生はどうするつもりなのだろう?  そんな事言ったら、逆に事件をでっち上げたという事を自ら暴露するようなものじゃないのだろうか?  心配で堪らない。 「うっかりしていたよ。そういえばそうだったかもしれないねぇ。けれど、あそこは太宰殿の家なのだから指紋が出ても当然だろう?」  夏目老中のフォローが入った。  良かった。まだ気付かれていない。  けれど、すかさず先生が反論に入った。 「いいえ。私の指紋が出てはおかしいのです。何故ならあの日、立て篭もり事件が起きる前に既に私は家に居なかった。事件前に注射器に触る事も出来ないし、事件後にも押収された証拠物に触る事は出来ない。つまり、何処からも私の指紋が出るはずがないのです。」  ちょ、ちょっと!  折角夏目老中がフォローに入ったのに、自ら証拠品の矛盾点を突こうとするとはどういうことなの??  先生ってば、一体何考えてるんだ! 「では、本物の凶器は何処にあるというのかね?」 「ありません。」  僕の胃は一気に凍りついた。  何言ってるんだ。  一瞬で全身から血の気が引いたのを、自覚する余裕も無かった。  どうしよう。僕は一体どんなフォローを入れれば良いんだろう。  僕は今、被害者として、証人として、ここに立っている。  何か考えなきゃ。  何か言わなきゃ。  けれど、僕の頭は一向に回る気配がなかった。  時間だけが着実にゆっくりと流れて行く。  そんな僕の心情を察するように、夏目老中が唸った。 「何?凶器も無しに立て篭もり事件を起こしたというのか?」 「いいえ、それも違います。」  再び、先生が夏目老中の発言を否定した。  一体先生は何を考えているんだ。  先生が何を言おうとしているのか推測すると、僕は恐怖に襲われていた。

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