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第168話
168.
僕らはやっと、新幹線に乗り込むとようやく息を吐いていた。
先生は一番奥の窓際、僕は通路側、そして3人掛けの真ん中の席にはアンが並んで座っていた。
僕らは何も喋らなかった。
けれど、そこには確かな笑顔が存在していた。
柔らかで安心しているような、彼女の素直な微笑みが僕の心を一杯に満たすのを感じた。
元老院での出来事は、それは目紛しい速さで処理されて行った。
夏目老中はその場で殺人未遂の現行犯で捕まり、アンは夏目から奴隷解放宣言を受けて晴れて自由の身となったのだ。
その間も、先生はクツクツと不気味な笑顔のまま現場を観察していて怖かったけど。
事後処理も終わり、ある程度片付いてしまってから、僕は先生に尋ねた。
周りにはまだ、小林さんや中原老中、アンが居るからこっそりと、だけれど。
「先生、実際のところ証拠って何だったんですか?」
「証拠?あれ、まだ解らない?」
先生はクツクツと喉を鳴らして笑っている。
悪い顔のままだ。
「意地悪しないで教えてくださいよ。何で真犯人は夏目老中だったんですか?」
僕は逸る気持ちをなんとか押し殺しながら尋ねる。
すると、先生はクツクツ笑いながらも詳しく教えてくれた。
「ロット番号だよ。俺が証拠に出した品だけど、あれね。翼状針、つまり注射針の入っていた外袋なの。でね、この外袋のロット番号っていうのが、小林殿が夏目の家から持ち出した針山の中の一つだった、って訳!」
「へ、ええ?」
それでも、いまいちよく飲み込めない僕は変な返事をしてしまった。
勘の良い先生は、そんな僕の反応を見逃さず更に補足を加えてくれた。
「つまりね。アンが君に注射を打つ前に、この外装から翼状針を取り出してシリンジにセットした時に、本来そこで外装は役目を終えてゴミになる筈だったんだ。けれど、その外装にはロット番号が印字されていて、その番号が夏目の持っていた針と針の間の番号だったんだよ。夏目はそれをアンが現場に残し去るとは思ってもみなかったんだろうね。指紋なんて最初から証拠じゃなかったのさ。証拠に見せかけた、ただのフェイクってね。」
「へ、ええ。」
相変わらず僕は能天気な声しか出せずに、その場で考え込んだ。
外装のロット番号で夏目老中を犯人に結びつけたのは分かったけれど、他の証拠については中原が犯人だと言っている。
それがどうもよく解らない。
「先生が提出した証拠は何だったんですか?あれには中原の指紋もありましたし、僕のも先生のもあるって言ってましたけれど。」
「ああ、それはね。確かに中原の指紋が出たけれど、あれは事前に夏目が仕込んでおいたものだよ。俺達の指紋が出るのはあの時使われたシリンジであるという証拠だよ。あの時、無意識に君はシリンジを掴んだのだろう。俺も慌てていて素手で触ってしまったしね。」
「はぁ、でもあの時には中原は逃亡を図っていましたよね。なのに何処で指紋が着くんですか。」
「そうだね。自分の身の回りで不審な動きがあるのに気付いて逃げたのだろう。けれど、気づくのが遅かった為に、証拠として指紋付きのシリンジを捏造されてしまってたんだね。現代の吸血鬼は皆持ってるものだから、態と地面に落として怪しまれる事なく拾わせたりでもしたんでしょう。」
「今日夏目が提出してきた捏造された証拠に、アンの指紋や血液が付着していたというのは?」
「それはほら、まだアンは奴隷だったからね。如何様にも出来たのだと思うよ。命令すれば口を破ることなんて出来ないからね。」
「はぁぁ・・・。」
僕は何も言う事が出来なかった。
そういう事、何で事前に教えてくれなかったかなあ。
僕はそんなに信用ないのだろうか。
・・・先生のこと疑ったりして、自分の事を棚に上げてる立場の人間が言えるような台詞じゃない事は、分かってはいるんだけど。
本当酷い冷や汗をかいた。クタクタだよ。
「先生はいつから気付いていたんですか?ほら、だってずっと犯人は中原老中だって言っていたじゃ無いですか。」
すると、先生は悪い顔でニヤリと笑った。
この顔、僕はあんまり好きじゃないんだけど。
だってなんか、見透かされてるというか、秘密を楽しんでいるというか、そう!例えるなら玩具にされてる気分になるから。
いや、悪くないけど、すっげ悔しいんだよ。
くっそー。
それでもクツクツと喉を鳴らしながら、僕に教えてくれた。
「あれね。夏目老中と裁判前に会見したでしょ?その時に気付いたんだよ。」
「えっ、あの時?」
僕は目を丸くして先生を見つめた。
だって、そんな事一言も言ってくれなかったじゃん。
この人、ひどい。
「すまない。そんなに怒らないで、俺だって確証が無いことは話せないからね。その時は、かもしれない、で後で裏をとったんだよ。」
「へぇ。で?あの会話の何処で気付いたんですか。」
僕は仏頂面で尋ねる。
ほんとつくづく、全く、もー!なんだから!
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