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第171話

171.  スタスタと中原老中は扉を潜り抜けると、それに小林さんも続く。  と、思ったら一瞬身を翻し、こちらに耳打ちする。 「びっくりさせてしまい、御免なさい。あんな人ですが政治力はあって、それなりに有能な方です。態度はあーなんで誤解され易いのです。許してやっては貰えないでしょうか。」 「えっ!はぁ。」 「こら、何をしておる!行くぞ。」 「はい、只今。」  小林さんは、再び大きな声で向こうに返事をすると、こっそりとまた、僕に耳打ちをする。 「太宰殿の事お頼み申し上げます。決して言葉にはしないし、あんな態度ですが心底心配されているのです。全く何方が子供なんだか解りません。近くに居るから分かるのですが、貴方のことも気に入っておられます。お気を落としませんように。」 「小林っ!!」 「すみません。それではまた。今度ゆっくりお茶でも致しましょう。では。」  慌ただしくその場を立ち去って行く後ろ姿を、僕はその場で突っ立ったまま見送った。  ちょっと待ってよ。  えー。えー?!  えーとさ、えっと。  先生と中原老中って親子だったの?!  いやいやいや、待って。まって!  だって苗字が違うじゃん。しかも、裁判で先生を殺そうとした人じゃん。  えええ?!  しかも何?何であんなに小林さんは中原老中の事慕ってるんだろう?  あんな人なのに?  いや、あんな人なんて言っちゃいけないか。  いや、でも、やっぱあんな人だよね?  訳解らない!わからない!  っていうか、何で先生黙ってたの?  言いたくなかった?知られたくなかった?いや、まぁだから言ってくれなかったのかも知れないけれど。  衝撃的過ぎて、僕はそこに暫く立ち尽くしていた。  アンが隣で話し掛けてくる。 「案外早くに判ったみたいね。そうゆう事よ。」  そして、ポンポンと背中に手を充てがわれた。  あぁ、何て事だろう。  知らなかったのは僕だけだったのか。  いや、以前に聞いた時はアンも知らなかった筈だけれど、いつから気付いていたのだろう。  気付いていたのなら、僕にも教えて欲しかったよ!  いやまぁ、良くはないけれど、とりあえずそれは置いておこう。  問題はそこじゃない。  今問題なのは、そう。先生が予め僕に親子関係を教えてくれなかったって事だ。  教えてくれなかったという事実と何故教えてくれなかったのかという疑問の為に、僕はじっと先生を見つめた。 「うん、まぁ、中原は俺の親父だよ。」  僕の視線を感じてか、ぽそり、先生が呟く。  けれど、一瞬僕を見ただけで、ふいと視線を逸らされてしまった。 「そうだったんですね。ちっとも気づきませんでした。知りませんでした。」 「追々ね、君に話すよ。」  再びポソリと先生が呟くように返事をする。  彼は背筋を伸ばしたままで、視線の先は何処か遠くを見つめていた。  その様子に、何となく僕に伝えなかったのには、何か理由があったのだと悟る。  何か言って咎めるつもりでいたのに、そんな彼の横顔に何も言葉にすることが出来なかった。  僕はただ、相槌だけを返す。 「はい。」 「さ、俺達も帰ろう。みんなで。」  思うところは色々ある。  色々あるけれど、先生が話してくれるのを待とうと思った。  自分の感情より、彼の気持ちと考えを優先するべきだと感じたんだ。  例え中原老中と血の繋がりがあっても無くても、先生は先生で、先生ではなくなる訳では無いから。  ん?あ、いや、でも待って。  僕には関係大有りなのではないだろうか?  だってほら、先生のパパってことは、僕のじーちゃん?になるのか?  え、なにそれ!中原老中がじーちゃん?!えええええ。  も、いいや。考えるのやめよ。  やめた! 「そうだわ。太宰くん、お祝いに何か買って頂戴。うーん、そうねぇ、プリンがいいわ。」  アンがツンツンと先生の手首の裾を引っ張っている。  小首を傾げて、見上げるような姿勢で覗き込みながら腕を伸ばし、その先で摘むように裾を摘んでいた。  ちょ、か、可愛い。なんだこの生き物。  これ天然かな、狙ってるのかな、分からないけれど凄い可愛い。 「はいはい、じゃ後でね。取り敢えず元老院を出ようね。」  そう言うと、先生はアンの頭をポンポンと撫でた。  相変わらずアンの髪はツヤツヤしていて滑らかそうだ。  いいなあ、僕も触りた・・・じゃない、何考えてるんだ。  緊張が解けたら、どうでもいい事が、全部どうでもよく無くなって、何でもかんでも嬉しい気持ちに変わってゆく。  アンの髪は後で交渉してみよう。  殴られる気しかしないけど。  そうして、僕等は新幹線に乗り込んだ。  今、僕の隣にはふわふわと微笑むアンが座っている。  可愛い。ほんと可愛い。  アンが奴隷だった頃は、こんな風に微笑んでいた事なんて無かった。  楽しそうに笑っていた事は勿論あったけれど、こんな風に笑える子だったなんて、僕は知らなかった。  この笑顔が限りなく続きますように、そう願うばかりだ。  そんなアンの更に隣を見ると、先生が目を瞑ってシートにもたれかかっているのが見えた。  寝てる・・・?のかな?  僕は心の中でお疲れ様と呟いた。  家に着いたら、この人を抱き締めて頭を撫でて、キスもして、僕が癒してあげたい。  ん。  いや、それより何もせず僕はさっさと帰ってしまって、寝かせてあげる方がいいだろうか?  どうなんだろ。  ふーん、聞いてみよ。それが多分一番確実だね。  でも僕だけの気持ちを考えるなら、やっぱり、したい。  多分彼は疲れてる。僕も疲れたけれど、僕以上に疲れてる筈だ。  だから、したい。  撫で回して、解して、気持ち良くして、寝かせてあげたい。  そう、気持ち良く、して。  この間の事で、なんとなく解ったんだ。  彼を僕に甘えさせる方法。勿論試行錯誤は必要だけど、眠っちゃうほど、気持ち良くしてあげればそれでいいと思った。  そしてそれは、僕も幸せな気持ちになるって事が、解ったよ。  お泊まりがまだ出来ないから、十分にしてあげる事は出来ないけれど、それでも沢山、頑張ったねって敬意を込めて彼の頭を撫でてあげたいと思った。

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