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第173話

173. 「ふはぁー。美味しかったぁ。ふふ、幸せ。」  アンは後ろに仰け反ると、そのままソファに沈み込んだ。  満足そうなアンが、口元を緩めて溜息をつきながら、目を瞑っている。  いつまでも引きずろうとしないアンは偉いと思った。  無理をしているのは見れば分かる。  でも、彼女は自力で気持ちを切り替えていた。  そういう所は、本当に尊敬する。  だから余計、早くアンのことを大切にして甘やかしてくれる人が現れたらいいのにと願う。 「太宰くん。」  目を瞑って、ソファに沈み込んだままで、アンは先生を呼んだ。 「なんだ。」  先生はぶっきら棒に向こうから返事をする。  恐らく、今までの会話は全て先生にも聞こえていたに違いない。  けれど、それに反応したりする事もなくいつもの調子を崩さないのは、きっと、今の話は予め予想の範囲内だったからなのだろう。  またもや、僕だけが何も知らなかったんだなと、現実を突き付けられる。  先生の勘が良すぎるのか、僕が鈍すぎるのか、どちらだろう。  多分後者なんだろうなぁ。 「そういう訳だから、今後も暫く宜しくね。聞こえてたでしょう?」 「全く、仕方がないな。暫くはここに居ても構わないが、そういえばうちの学校には寮があっただろう。手続きが済んだらそこに住みなさいね。」 「あ、そっか、ガリラヤ寮か!」  僕はポンと手を突きながら頷いた。  男の僕には全く関係無かったから気付かなかった。  そういえば、うちの学校には男子禁制の寮がある。  元々女子校だった僕の高校には、寮までも完備されていた。  時代の煽りを受けて現在は共学になったものの、寮までは男女混じる事はなく、一貫して女子の楽園を貫いていた。  何から何まで揃っている。  なのに、何故かプールだけは無くて、それは何故なんだろうなぁ。  まぁ、僕は無くても困らないけど。 「そっか、あそこなら一人暮らしでも無いし安心だね。良いと思う。」  僕が一人頷いていると、ふと頭の中に新たな疑問が浮かぶ。  手続きって、アンは保護者がいない訳だけどどうなってるんだろう?  大丈夫なのだろうか?先生が保護者?って訳には行かないだろうし。 「そういえば、先生もアンも随分長寿ですけれど、保護者とか戸籍とかどうしているんですか?って、聞いていいのか判りませんけれど・・・。」 「あぁ、それはまぁ、その都度ね。元老院にはそういう部署もあるって事だけ教えておくよ。それ以上はこれについて公に出来ない機密が大量にあるからね。詳しく話せない事もないんだが、ほら、ココは未成年も読むだろう。そういうのは駄目って事で。」 「え?何言ってるんです?未成年?」 「こっちの話。君も未成年だし気にするな。宇佐木は細部まで俺達吸血鬼の事情を知っているから説明出来るが、公にすべきではない無いという考えのようだ。」 「は?宇佐木って?何の話です?」 「君の無垢な好奇心は罪だな。兎に角、アンには書類上保護者として名前を貸してもらって居る吸血鬼が居るし、日本で生活する上で支障は無いよ。元老院っていうのは、吸血鬼の生活を支える為の機関だからな。君が心配しなくても大丈夫さ。」  先生が話しているのを僕の横で聞いていたアンは、大きく頷いた。 「そうよ。わたしは第三者から保護者の名義を貸して貰って居る立場ではあるけど、私も家族として彼らの生活をカモフラージュしていたりするのよ。だから実質、持ちつ持たれつの関係ね。独身で居ると結婚しろって周りが煩かったり、次には子供はどうだとかね。書類上でも家族がいる事にすればそういったしがらみから解放されるから、わたしばかりお世話になっている訳でも無いのよね。」 「へぇ。なんか、よく出来てる・・・んだね。」  吸血鬼って、ファンタジーな生き物かと思っていたから、まぁ今は自分もそうなんだけど、元老院が生活に密着している機関だった事を知って言葉を失っていた。  ちょっと考えればわかる事だけど、改めて言われるとえーってなる・・・というか、凄い犯罪臭がすr・・・いや、何でもない。  僕も未成年だし、言わないお約束でした。てへぺろ。  けれど、そうは言っても卒業したらどうするんだろう。  また高校生やるの?幾ら何でも三年間程度じゃ書類をごにょごにょするのに短期間過ぎるよね。 「アンは卒業したらどうするの?」  好奇心に勝てなくて、僕は結局聞いてしまった。  アンはソファにもたれ掛かっていた体を浮かせると、足を組み直して肘をついた。 「そうねぇ。大学に行っても良いのだけど、資金が必要じゃない。それに横の繋がりと縦の繋がり含め時間の拘束もあって、面倒臭くなるし。専門学校は論外ね。高い上に資格をとっても、わたしの容姿を維持したまま何年も同じ所で働き続けるなんて無理だもの。そうなると気ままにアルバイト生活かしらね。それで飽きたらまた高校生やるのよ。そうやって6年か8年くらいの周期で繰り返してるわね。」 「へえぇ、大変じゃない?」 「まぁ、大変は大変よ。でも、自分で選んだ生き方だもの。住む所は元老院が見つけてくれるから、格安にして貰えて、バイトしながら高校生活でも、それなりになんとかなってるわね。病気にはならないし、今までは公立高校しか通ってなかったからそこまでお金がかかってた訳でも無かったのよ。後はほら、修学旅行に行かなくてもいいように編入繰り返したり、態と出席日数減らして落第してみたり、色々よ。」 「へええ・・・。」  本当に色々で、アンも苦心しながら生活してるんだなぁと思った。  多分、他の吸血鬼も皆そうやって人間界に紛れ込みながら生活しているんだろう。  大変だな、なんて思ったけれど実際は他人事じゃなくて、今後自分はどうするのか考えなければいけないと思った。  僕の寿命はどれほど有るのだろうか?  今後どのようにして生きて行くのか、しっかりとした意思を持って考えを巡らせなければいけないのだと感じた。

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