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第174話

174.  アンの事情や、先生の生き方を間近で見て知って、僕は僕自身の生き方について考えを巡らせていた。  アンのように半永久的に永遠の美を追求するなら、それなりの覚悟と努力と周りの協力、助けが必要になるし、先生のように大人になってから寿命を伸ばすなら、どんな仕事をするのか考えておかなければならない。  または萩原老中のように年老いてから寿命を延ばして行くという選択肢もある。  もしくは、普通の人間と全く同じ寿命を全うする選択肢だってある。  それにはやはり生きる上で計画が必要になるし、寿命を維持するタイミングを見計らわなければならないし、どれだけ生きられるのかしっかり自分で把握しておく必要がある。  先生の血の力をそっくりそのまま引き継いだ僕は、先生が現在71歳で20代の容姿だから、きっとそのくらいの寿命を全う出来ると考えるのが妥当だろう。  そして僕は、改めて運の良さを感じていた。  何故なら僕はまだ高校生だったからだ。  今ならまだ、先に挙げた全ての選択肢について考える余地が残されている。  これが既に20代で職に就いていたとしたら、選択肢は今のように広くは無かっただろう。  もし、そうであったらきっと、職場を転々と出来るような技術力を持ち合わせていない限り、困難を極めたに違いない。  そう考えると、先生は見事にお手本そのものだった。  確かな資格と技術を身につけており、その上、職場も豊富にある。  就職先に拘りを持たなければ、看護師不足の現在、再就職が特別困難という訳でもないだろう。  その上、現場職だから常にスキルアップは見込めるし、元老院の力もあるので転職回数が額面通り書類に記載される訳も無く、それで不利になる事もない。  勿論簡単という意味ではないが、アンのようにアルバイト生活を続けるよりも生活の安定が見込める。  いや、待って。  いやいや、ちょっと待てよ。  確かに計画的に事を運ぶ事が出来るなら、その通り必要になる事を一つずつこなして行けばいいけれど、問題はそれだけじゃ無かったのを思い出した。  アンは計画が無かった、とは言わないが血液依存症だったのを忘れていた。  それは、自分が将来どんな生き方でありたいか、とかいう問題じゃ無かったんだった。  吸血鬼の場合は、依存症になった時点で将来や未来が変わる。  それはすなわち、依存症になる=その時点から寿命が延びてゆく、という事だからだ。  僕はまだ、依存症にはなっていない・・・と思う。  思うけど、先生の血の味を覚えてしまった。  忘れられない。  それはもう、不可能だ。僕の体には、現実的にも比喩的にも先生の血が染み渡っている。  そんな風に意識し始めたら、僕の意識はそれだけに支配されてしまった。  欲しい。  欲しくなった。  欲しくなってきている、今。  これを依存症じゃ無いと、果たして胸を張って言えるだろうか。  何故なら今、物凄く喉が渇いている。  僕は誰にも気づかれぬよう、そっと喉を鳴らした。  何も得られ無い喉は、より一層渇きを増すばかりだった。  まて、  まて、まて、待て。  僕は今、自分の将来について考えていたんじゃ無かったのか?  計画を練らなければならない事を自覚し、その時間はそうは残されていない事に、ようやく気付いたばかりだったんじゃないのか?  それなのにいつの間にか、先生の血の事ばかり考え始めている。  その味を思い出して、渇きを覚え、渇望している事を自覚し飢えに囚われている。  これが依存していないなどと、言えるのか?  先生無しで、僕は生きていけるのか?  答えは。  否、だ。  少なくとも今の僕には、無理だ。考えられない。  考えたくも無い。  けれどそんな僕では、先生の隣に並ぶ事は不可能な事も解っていた。  お荷物にはなりたく無い。  ならば自立するしか道は無い筈だ。  それなのにこんなにも、飢えに囚われている。 「アンは、血を飲むのを我慢しようと思った事はある?」  僕は隣に座るアンに尋ねてみる。  制御する術を知っているなら教えて欲しかった。 「突然なに?変な事聞くのね。」 「いや、ほら、えっと、ちょっと気になったっていうか。」  アンが飲むのは女性の血だという事を知っていた僕は、衝動を制御する術を知っていると思ったのだ。  誰でもいいわけじゃ無いと言っていたし、男性には手を出さない。  それはつまり、裏を返せば相手を選ぶ余裕があるという事。  男性に手を出さないのは、きっとアンの気持ちの問題だったという事も、今になってやっと解った。  対象が異性である方が遥かに容易である事も、解る。  けれど、アンはそれを選択しなかった。  だからこそ、聞きたかった。 「私は我慢なんてした事ないわよ。飲みたい時に飲んでるわ。」 「え、そうなの?でも。」 「私は偏食で我儘だけど、それを我慢しようと思った事なんて一度も無いわ。好きな時に好きなだけがモットーよ。」  アンは首を傾げながらこちらを確認すると、不思議そうに僕を見ていた。

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