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八月第四週① ※

 旧盆が終わり、島に日常が戻ってきた。桃原荘にも宿泊客が増えて、一か月以上もここで世話になっている俺は、部屋の清掃をしたり寝具を換えたり、新規のお客さんを案内したりと、宿の簡単な手伝いをさせてもらうようになった。その分宿泊料を負けてくれると言うから、悪い話ではない。そもそも、軽い労働でもしなければ、毎日暇でしょうがないのだ。    旧盆中は軒並み休業していた飲食店も、通常通り営業している。塩気の強い居酒屋飯や、喫茶店のタコライスや、原形を留めないほど煮込まれた軟骨ソーキが旨い。宿の飯も旨いのだが、たまには外食したくなる。    今日は汀に誘われて、島に来たばかりの頃に一度訪れた、海を一望できるカフェを再訪した。木立に囲まれた掘っ立て小屋で店番をしていたのは、あの時の女性店主ではなく、高校生くらいの少年だった。島の子達よりも少々垢抜けて見える。   「レンくん!」    汀の知り合いらしい。やたらと声を高くして、カウンターに駆け寄った。   「おう、汀。久しぶり~でもないか」 「レンくん、まだこっちにいたの? お盆終わったらすぐ帰るって言ってたのに」 「いやぁ、おふくろがさ、もっとゆっくりしていけってうるさくて。オレも暇だったしさ」 「暇なの? 向こうは楽しいんじゃない?」 「だけど、寮のやつらは大体帰省しちゃうから」    思い出した。ムシャーマの午後の部で、汀やいつものメンバーと一緒に舞踊を見ていた少年だ。   「それで、えーと、お客さん?」    彼――レンくんは、俺に会釈をした。俺の代わりに汀が答えた。   「うん。今うちに泊まってる岳斗さん」    レンくんは島の子供達と比べると随分礼儀正しく、自分は汀の友達で今は本島の高校に通ってます、というようなことを言った。それからてきぱきと注文を取り、会計をして、パフェを作って席まで持ってきてくれた。   「おふくろが作るより不格好だけど」 「全然いいよ。レンくんが作るやつ、ソフトが多くてお得なんだよね」 「それで前怒られたから、おふくろには内緒な」 「当たり前じゃん」    レンくんは、もう少し汀と話をしたい様子だったが、新しくお客が訪ねてきたのでレジに戻った。    前回と同様、海の見えるテラス席に座って、前回と同様、黒糖パフェを食べる。黒蜜と黄粉がたっぷりかかった黒糖味のソフトクリームに、汀は大胆にかぶり付く。前回同様、口の周りをベタベタ汚して。   「なぁ、その食い方……」 「なに?」    汀は大きい目をぱちくりさせる。   「いや、何でも……口、拭けよ」    俺はティッシュを差し出した。これも前回と同様。しかし、汀はティッシュを受け取らず、舌をぺろっと出して唇を舐めた。やけに赤い舌が、薄桃色の唇を舐めた。口の端についていたソフトクリームは、綺麗に舐め取られた。   「取れた?」 「ん、んー、まぁ」 「取れてないの?」    汀はまたも舌を出して、ぺろりと唇を舐めた。何の汚れも知らない唇が、唾液で微かに潤んだ。   「……もういいよ、取れた取れた」 「ほんとにー?」 「ほんとほんと。もう、いいから早く食えよ。暑いだろ」 「アイス食べてるのに暑いのぉ? 変なの」    変じゃない……はずだ。俺はまともだ。しかし、調子の狂った心音は容易には鎮まらず、俺は、目の前のパフェにとにかく集中することにした。濃厚で芳醇な黒糖ソフトを舐め、グラスの底に溜まっている黒蜜を掻き出し、まだ食感の残るコーンフレークと絡め、溶けかけのソフトクリームと混ぜ合わせ、ぐちゃぐちゃに掻き回して食べた。   「岳斗さん……」    汀が、訝しげに俺を見つめる。   「なんか、食べるの下手になったね」 「んなわけないだろ。前と同じだ」    前と同じなわけがない。何もかも、島に来たばかりの頃とは変わってしまった。鮮やかな南国の太陽に、茫洋とした海に、熱い風に、脳みそから何から細胞レベルで作り替えられた。このカフェで初めて汀とパフェを食べた時の俺には、もうどう足掻いても戻れない。        その晩。ゆんたくを終えて、宿の皆がすっかり寝静まった夜更け過ぎ。俺の部屋の障子戸が、そろそろと開いた。枕を抱きしめた汀が、こっそりと顔を覗かせた。   「あっ……起きてた」    汀は、分かりやすく顔を綻ばす。   「どうした。眠れねぇの?」    白々しい台詞を、俺の口は平気で吐き出す。   「う、うん……あの……眠れなくて」 「寒くて?」 「うん……」 「しょうがないな」    俺は、布団の左側半分を空けて誘う。汀は、おずおずと枕を置き、横になった。   「じゃ、おやすみ」 「えっ、待って、まだ……」    俺が寝ようとすると、汀は分かりやすく戸惑う。   「何だよ」 「だって……まだ眠くない……」 「どうしたら眠れる?」    汀はもじもじと逡巡して、俺の手をそっと握った。   「……よしよしってして」    俺は、思わず目を細めて口角を上げた。ここまでお願いされて放置するのは、いくら何でも酷だろう。俺は、汀の下腹部にそっと手を置いた。   「ここか?」 「んっ……」 「もっと?」 「もっと……」    汀のそこは、既にぷっくりと膨らんでいた。下着を剥ぎ取って直接触ると、弱々しく震えて応える。その様が健気で堪らない。   「あっ、ぁ、きもち……きもち、いい……」    汀はうっとりと目を瞑り、あえかに喘ぐ。俺の胸に頬をすり寄せ、身を捩って腰を浮かす。   「が、がくとさんも……前みたいに……」    俺は、下着をずらして汀の上へ圧し掛かった。敏感な場所同士が擦れ合う。汀はぐっと唇を噛んで、漏れそうになった喘ぎ声を我慢した。俺は、自然と荒くなった呼吸を整えて、軽く腰を揺すった。汀は、怯えたように息を詰める。   「ひッ……」    汀のそこは、普段日に当たらないせいか他の部位よりも肌色が薄く、剥きたての果実のように新鮮で、驚くべき艶と潤いがある。こんなにも清らかな果実を、俺は、自身の薄汚れた肉塊で突き崩す。    汀のものと違って赤黒く、獣のような剛毛を蓄え、醜い血管を浮き立たせて、見境なく涎を垂らす、下賤で卑しい棒切れを擦り付けていると、汀のそれも一緒に腐り堕ちていくような気がして、俺は、得も言われぬ仄甘い背徳感を覚えるのだった。        ひとしきり汗を掻いた後は、火照った空気を逃がすために障子を開け放つ。換気の間、俺と汀は縁側に出て熱を冷ます。昼間は花々が咲き乱れる見慣れたはずの庭は、今は深淵の闇に包まれており、東の空に昇ったばかりの半月だけが、孤独に輝いていた。   「こんなに暗くっちゃ、虫もどこに飛んでいけばいいか、分かんなくなっちゃうね」    不意に汀が言った。   「虫?」 「うん、虫。明るいところに集まるでしょ。でもさ、こんなに真っ暗じゃ、どうすればいいのか、きっと分かんないよ。もう、月に向かって飛んでくしかないのかな」 「月はさすがに遠すぎるだろ」 「でも、羽があるもん。どこまでだって自由に飛べるよ。おれと違って」 「お前だって、どこまででも自由に飛べるだろ。中学生なんて、可能性の塊みたいなもんなんだから」    その可能性の一つを、他ならぬ俺自身が摘み取ってしまったかもしれないことについては、この際目を瞑る。   「おれはどこにも行けないよ」 「んなことないって。お前も、あの昼間のレンくんみたいに、いつか島を出る日が来るんだろうけど、そうしたら、きっともっと視野が広がるぞ。お前は何にだってなれるんだよ」 「そうかな……」    月影に浮かぶ汀の横顔が美しく、冷ましたはずの熱がうっかりぶり返しそうになった。俺は、ペットボトルの水を一気に飲み干した。

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