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第18話 蓉平のフェロモン効果【蒼司視点】

しかしそれで引き下がるアンジュではない。なんだかんだカフェを出るまで一緒に座っていた。 蓉平はずっと黙って座っていたが、トイレへ行って戻ってきてからちょっとだけいつもと違う匂いがしていることに気がついた。 (いよいよストレスが限界に達したか。今日はここまでだな) アンジュが絡んでこなければ予定通り公園まで行けただろうが、初日から無理をすることはないと判断して帰宅することにした。 帰り道、蓉平から申し訳なさそうに謝られた。どうやら自分のせいで撮影の予定をこなせなかったと心配しているようだった。 撮影は第二の目的に過ぎなかったので、俺的にはこいつを外に連れ出すという一番の目的は達成できていた。だから蓉平が気に病むことはないのだが、それを正直に言うわけにもいかない。 気まずくてつい不機嫌な態度を取ってしまい、お互い無言でマンションに帰った。車に乗っている間中、蓉平はなんとなくいつもより元気がなさそうだった。 その後部屋に戻ってから、顔を赤くしているあいつを見て、てっきり熱が出て具合が悪くなったのだと思いすごく焦った。おかしなことに、蓉平の体調が悪いということが俺にとって妙に不快なのだ。「不快」――というと違うかもしれない。どちらかというと「不安」と言ったほうがいいだろうか。 結局熱はなくてただの日焼けだったのだが、俺のせいでもあったのであいつの顔に薬を塗ってやった。元々白くて透き通るような肌だ。皮膚を傷めないようにそっと薬を塗っていると、彼は次第にリラックスした表情を見せた。それと同時に俺の不安な気持も落ち着いてきた。 体調を崩すようなことをさせて申し訳ないという気持ちはあったが、こちらから謝るようなことでもないと思っていた。しかしあいつが「きもちいい……」とこぼしたのを聞いて急に胸を締め付けられ手が止まった。こいつは、なぜか知らないが俺のことを信用している。連れ回されて嫌な思いをしたのに、こうして無防備に目を閉じてされるがままになっているのだ。 「さっきはごめんな」と柄にもなく素直な謝罪の言葉が口をついて出た。 身体を楽にして休んだほうが良いだろうと彼の身体を横たわらせると、蓉平は目を丸くした。 彼の顔が更に赤くなり、フェロモンの香りがふわふわと漂ってきた。それがいつものいい香りだったので俺はほっとした。 (よかった――さっきまでの異様な香りじゃない) 「いつもの匂いに戻ったな。そこで寝てろ」 ◇◇◇ 今度から一緒に出掛けるときはもっと注意してやらないといけない。大体にして、アンジュみたいな人間が来るような店を選ぶのは避けよう。もっと人が少ない場所からやり直しだ。 今回の件と、その後にあいつと一緒に過ごすようになってわかったことがある。それは、あいつが気分良くにこにこしていると俺の体調も良いということだ。 どういうことかというと、俺が通常の体調のときにあいつのフェロモンを浴びるとつい「キスしたい」「押し倒したい」という欲求が湧いてくる。しかし俺の体調が悪い時や機嫌が悪いときにあいつの匂いを嗅ぐと、不思議とリラックスできるのだ。栄養ドリンクなんかよりよっぽど「効く」。 それに気づいてからは、嫌なことがあったり体調が優れないときはなるべくリビングに居るようにしている。 薬を塗った時に確信したが、あいつは俺に触れられるのを嫌がっていない。むしろ喜んでいる。それで、俺が疲れている時なんかにあいつのことを抱きしめると彼からフェロモンがぶわっと出てきてものすごく癒やされる。 彼の独り立ちのため協力しているのだから、これくらいのことは許されても良いはずだ。 なんならもっと先に進むことを彼は望んでいるのかもしれない。それは、また追い追い考えよう。

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