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第21話 義兄弟のヒートの過ごし方(3)【蒼司視点】
大学から帰ってきて玄関のドアを開けた。俺は先日提出したレポートの結果が芳 しくなく、むしゃくしゃしていた。それがいきなり良い匂いに出迎えられてすっと気分が安らいだ。
「あー、マジであいつのフェロモンは効果絶大だな」
しかし考えてみたらなんでこんなとこまで匂いがしてるんだ?
俺はちょっと胸騒ぎがして急いでリビングに入る。普段ならあいつが部屋にいれば「おかえりなさい」と出迎えてくれるのに、姿が見えない。
「蓉平? いないのか?」
こんな濃い匂いがするのに、不在なんてことは無いだろう。
「蓉平?」
キッチンにいるかと思って覗くとそこにもいない。床にはガラスの破片と、水が飛び散っていた。よく見ると点々と血が垂れた跡まである。俺はいよいよ焦りを感じて大声で義兄を呼ぶ。
「おい! どこだよ、蓉平?」
バスルームを見ると、床には大量のタオルや衣類が散らばっていた。そしてそこに蓉平がうつ伏せに倒れている。どこか怪我をしているのか、彼の周囲の衣類が血に染まっていた。
(何があったんだよ!?)
俺はぞっとして彼の傍に膝をつく。体を仰向けにし、肩を揺する。
「蓉平! おい、しっかりしろ、蓉平! おい、聞こえるか?」
すると義兄は目を開け、「あ~……蒼司くん」と言って薄く笑みを浮かべた。しかも、息を荒げながら俺の太腿に鼻先をくっつけて匂いを嗅ぎ出した。
(――んだよ、心配かけやがって! こいつ、死んだみたいに寝るのが癖なのか?)
どうやらガラスで指を切っただけらしい。血まみれの手をまじまじと見たが、一センチくらいの切り傷で、既に血は止まっていた。洗濯物に派手に血が染みていたから、大怪我でもしたのかと焦った。
怪我が大したことないとわかってほっとしたら、急に義兄のフェロモンが気になり始めた。
(そうか、ヒートが始まって……)
「抑制剤飲もうとしてこうなったのか?」
「……うん」
「飲んだのか?」
「えと……飲んでない、かな?」
(こいつ、いつもながらどんくさいな。薬飲もうとしてグラス割ったのか)
このままフェロモンを巻き散らされたんじゃあまちがいなく襲ってしまう。俺はなるべく息を止めながら急いで彼に抑制剤を飲ませ、ベッドに運んだ。部屋にこもっていてもらおう。
(――それとも、抱いてやるべきなのか? こいつがしてくれって言うならまぁ、くしゃみも出ないし……やってもいいが)
そう思ったが、義兄は真っ赤な顔でハァハァ言いながらも俺に抱いてくれとは言わずただ「服を一枚貸して」と言った。
(こんなもんでいいのか? 俺と結婚する気なら、もっと積極的に誘って来るかと思ったが……やはり昔のトラウマでアルファに抱かれるのは怖いのか?)
とりあえず、こっちもラットを起こしては困る。オメガの発情フェロモンに過剰に反応すると、アルファはラットという発情状態に陥る。ラットになれば理性はふっとんでオメガを無理やりにでも抱きたくなる。こうなって義兄を怖がらせてしまえば、彼の独り立ち作戦は水の泡だ。
(俺もアルファ用の抑制剤を飲んでおこう。しかし、ヒートのオメガを間近で見るのは初めてだな)
フェロモンアレルギーがあるので、ヒートじゃないオメガでもちょっと誘惑的な匂いが出るだけで一緒にいられない。だから、完全に発情したオメガのフェロモンを浴びたのは初めてだった。
(この世のものとは思えないくらい良い匂いだな……癖になる奴がいるのも無理はない)
さっきは義兄が怪我をしたと思ってそっちに意識を奪われていた。だからフェロモンの誘惑をまともに受けずに済んだのだ。だけど、普通のときだったら無理やり押し倒していたかもしれない。
薬を服用し、ガラスを始末する。床を拭いて、バスルームも片付け始める。
「ったく、あっちもこっちも散らかしやがって……」
散らばった俺の服からあいつの残り香がする。倒れていた彼が握りしめていたグレーのTシャツは、特に血が染み付いておりもう使い物にならない。
(ヒートが来て、本来なら目の前にアルファがいれば抱かれたいと思うだろうに……)
アンジュみたいなガツガツしたオメガと違って、発情してさえも慎み深い義兄の行動に俺は少し心を動かされていた。
「ちょっとはこっちから歩み寄ってやるか」
俺的には、あいつが外で誰か恋人でも見つければいいと思っている。だが、その前に、「オメガと見れば襲いかかるようなアルファばかりじゃない」と教えてやるのも悪くない。
◇◇◇
全て片付け終えて、俺はシャワーを浴びた。
(そういや、あいつ晩飯どころか昼飯も食わずに倒れてたんじゃ……?)
ヒートのときは性欲以外の欲求が減少するとは聞いたことがあるが、何も口にせずいて良いのだろうか。アレルギーのおかげでオメガと付き合ってもヒートが来れば別れてしまっていた。なので、ヒート中のオメガをどう扱えばいいのか俺はわからなかった。
(とりあえず、飯食うかどうか聞いてみるか)
もういい加減抑制剤も効いているだろう。義兄の部屋へ行きドアをノックする。
「おい、蓉平。晩飯どうする? 食えるか?」
しかし返事はなかった。その代わりに「うぅ……」という、くぐもったうめき声が聞こえた。
(まさか、薬の副作用で具合悪くなってるんじゃ――)
俺は返事を待たずに焦ってドアを開けた。すると、さっきより強いフェロモンが部屋に充満していた。
「うっ……なんだ、これ」
思わず口元を覆う。こちらも抑制剤を服用しているが、それでも理性を保つのが難しいほど甘い香りがする。
「あっ……ん、はぁ、はぁ……ううぅっ」
義兄がベッドの上で下半身をむき出しにし、白い尻の間に指を入れて喘いでいた。
(なんで――。いや、ヒートってこういうものか……?)
てっきり薬が効いているものと思っていた俺は、普段と違う義兄の淫らな姿をいきなり見せられて面食らった。彼はこちらに気づかず、腰を揺らめかせながらつぶやいた。
「んっ、きもちいっ……蒼司くん……あおしく……っん」
(なんだ。……こいつやっぱり俺としたいんじゃねーか)
さっき貸した俺のTシャツの匂いを嗅ぎながら自慰にふける義兄を見て、下半身に血液が集中する。
「蓉平」と名を呼ぶと義兄はこちらにようやく気づいて体を起こした。
「えっ――!? あ、蒼司くん、な、なんで……」
「俺としたいなら素直に言えよ」
「ち、ちがう……ちがうんだ! あの、薬が効かなくて、っていうか……蒼司くんの匂い嗅いでたらなんかすごく体が熱くなってきて……ごめんなさいこんな気持ち悪いことして……」
義兄は恥じらって顔を背け、両足を閉じて下半身を隠そうとした。
「言い訳すんなよ。俺とやりたいんだろ?」
彼は顔を首を横に振る。
「だ、だめだよそんなの。僕ら兄弟なんだし。つ、つ、付き合ってもいないのに、そういうことしちゃだめなんだよ……」
「ふーん、付き合ってればいいのか?」
(何が言いたいんだ? 結婚前提に同居させられてるのに。俺が付き合おうって言うの待ってんのか?)
「ちがう、そんなんじゃなくて……だって蒼司くんは僕のこと嫌いでしょ」
「まあ、嫌いだな」
「んっ……あ……っ!」
(え……?)
義兄は体をビクビク痙攣させ、触ってもいないのに鈴口から白いものを溢した。
「おい、今イッたのか?」
「はぁ……あ……だ、だって僕……蒼司くんに嫌いって言われるの……気持ちいい、んだもん……」
俺は目の前のいやらしい生き物が何を言っているのか理解できず思考停止した。
「――何?」
「あ……ぼく、蒼司くんに嫌われるの……好きなの……」
どうやらこいつは思っていたより厄介そうだ。
(世の中に出して大丈夫なのか――こいつの本性を俺が見極めないとな)
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