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第3話

 専業主婦として生きている義母が、義務として毎朝弁当箱に詰める食料を捨てる。白米と海苔、それだけだ。ばさばさとゴミ箱に落ちていく黒と白。空っぽになった弁当箱を抱えたまま廊下を歩く。  休み時間に浮かれて、三鶴に理解できない言葉を垂れ流して大騒ぎする地球人の生徒をやり過ごし、地球語のやかましさを受け流す。  ヒソヒソとかわされる異星の噂話は悪意に満ちていて、耳を塞ぎたくなる。  母がなくなってすぐ、自分は違う星から来た宇宙人だという三鶴の言葉を聞いた地球人たちは、皆口を揃えて言った。 「そんなことはありえない」 「夢を見ただけよ」 「いいから、もう、あっちに行って」  家の中、今も以前と同じように母がそこにいることを話しても、誰も信じてはくれない。話さえ聞いてくれなかった。  三鶴の言葉が異星語だからだ。  地球人たちに否定され続けて、母は今はもう陽炎のようにうっすらとした姿で、廊下の先に佇んでいる。三鶴が話しかけても、半透明になった耳にはもう聞こえはしないのだ。 「東谷くん」  ぼんやりしていた背中に声をかけられた。振り返りたくはないのに、顔は自然に後ろに向けられる。 「武藤先生が呼んでるぞ」   古賀が優しげな微笑を浮かべて三鶴に手を差し伸べる。その手がみょうに青白く、ぞくっと身がすくんだ。  廊下には人目がある。古賀がなにか仕掛けてくることはない。だが、本能が近づくなと警鐘を鳴らす。息苦しく、鼓動が耳の奥で激しく音をたてる。  三鶴は古賀に背を向けると全力で走り出し、階段を駆け上った。 「東谷!」  古賀の声が聞こえたが、三鶴は振り返ることもなく走り続けた。上階の廊下を駆け抜け、非常階段に続く扉を開ける。普段は施錠されているはずの扉はすんなりと開いた。  なにごとかと三鶴の背中を見ている下級生たちの視線を振り切るように扉を音高く閉める。扉に背をもたれかけて、深い溜め息をつく。  古賀は追ってこない。廊下を走ったりしないし、非常階段に忍び込んだりもしない。力が抜けてズルズルとしゃがみ込んだ。

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