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第6話
玄関に並べられた大きな靴を見て、父親が三日間の出張で留守にすることを思い出した。
義母の派手なハイヒールがない。出かけているようだ。
「お帰り、三鶴くん」
愛想の良い男の声がリビングから聞こえた。聞こえなかったふりをして階段を上ろうとすると、男がやってきた。
「ちょっと待ちなよ。話をしよう」
愛想の良い笑み、地球人独特の仮面だ。器用にさまざまな形状を映し出す。たとえ、下卑た欲望を抱いていても、親切に微笑んでみせる。
男は三鶴の腕を強く掴むとリビングへ引っ張っていった。
「お母さんの買い物の間、留守番を頼まれたんだ。少し話し相手になってくれないか」
三鶴をソファに座らせて、男はその隣にぴたりと寄り添って腰掛けた。うつむいてだらりと腕の力を抜いた三鶴の太腿に男が手をのせる。
「学校はどうだい? なにか困ったことがあったら力になるよ」
男はゆっくりと三鶴の腿を撫でる。背筋に悪寒が走り、三鶴は男から距離を取ろうと身じろいだ。男は三鶴の肩を抱き込むと、顔を近づける。
「きれいな肌だね。君のお母さんとは比べ物にならないよ」
君のお母さんというのが義母のことを言っているのだと気づくのにしばらくかかった。義母と自分が似ているわけがない。自分は異星人なのだから。今はもう、この地球上にたった一人だけの異星人なのだから。
そんなことを考えているうちに、男は三鶴に頬ずりしていた。ザラザラした髭の剃り跡、脂でベタつく皮膚、獣じみた臭い、どれもが吐き気を催させた。
三鶴は思わず立ち上がろうとしたが、男に強く腕を掴まれ、組み敷かれてしまった。
「かわいいね、三鶴くん。ねえ、おじさんとキスしようよ」
ゆっくり近づいてくる男の唇はガサついていて腐臭にも似た口臭が滲み出ている。なんとか逃れようと首を思い切り捻ると、男は両手で三鶴の頭を押さえ、無理やり上向かせた。
「なにやってるのよ!」
金切り声に驚いた男が慌てて起き上がる。いつの間に部屋に入ってきていたのか、義母が大股に三鶴に近づき、頬を打った。衝撃で三鶴の目の前がくらくらと揺れた。
「人の男に手を出すなんて! 男のくせに、変態! ド淫乱!」
義母はあたりかまわず三鶴を殴り続ける。それを見ないふりをして男は部屋を出ていった。
三鶴は両腕で顔をかばいながら、義母のヒステリーが収まるのをじっと待った。
いつまでも義母は打擲しつづけ、怒鳴りつづけた。
「出ていけ!」
三鶴の腕を思い切り引っ張り、ソファから引きずり下ろす。三鶴の腕も腹も打撲傷だらけで腫れてきていた。痛む手足を引きずり、カバンを拾って家を出た。
父親が帰る三日後まで家には帰れない。三鶴はふと微笑む。三日も自由がある。カバンがリビングにあるままだったのが幸いだった。学校には行けるし、中身は小銭だけだが財布も入っている。
明るい気持ちで空を見上げた。三鶴の気持ちとは裏腹に、空はどんよりと曇っていた。
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