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第9話

 斯波の白衣にすっぽりと覆われ、下着とズボンを両手で押さえたまま、三鶴は科学準備室まで連れられて行った。  昼休みが終わり廊下に人影はなく、誰にも問い詰められることはなかった。  扉を閉めて、鍵も閉めると、斯波は三鶴の肩から白衣を脱がせ、コート掛けにかけた。消臭スプレーを手に取るものと思ったが、斯波は三鶴に椅子を勧めて部屋を出た。  鍵をかける音がして、三鶴は他人に姿を見られないことにホッと息をついた。  性器の痛みは去らないが、歩いているうちに慣れたのか、泣くほどではなくなっていた。そっと手をかけてみる。痛みで顔が歪んだが、我慢出来ないほどではない。  つまみ上げて傷口を確認したかったが、主に傷ついたのは性器の裏側で、どうにも見ようがない。  鍵が開く音がして、三鶴は慌てて両手で股間を覆った。入ってきたのは、もちろん斯波だ。わかってはいたが、斯波の顔を見て、他の人物ではなかったことに深く安堵した。  斯波は抱えてきたバケツを三鶴の側に、精製水を机に置くと、扉に鍵をかけた。  簡単なシリンダー錠だが、三鶴にとっては地球からはるか遠くに向かう宇宙船のエアロックであるかのように頼りになるものだ。  斯波は無言で三鶴の脚を開かせて、バケツをその隙間に押し込んだ。精製水のキャップを開け、三鶴の性器に一滴垂らした。  痛みを覚悟していたが、三鶴の性器は水に馴染んだように柔らかさを感じただけだ。ぽたりぽたりと垂らされる水が性器の傷を冷やしていく。  キズの手当を受けているだけだというのに、水滴による微細な刺激が三鶴の性器を膨らませた。  斯波の目の前で勃起する小さな性器。三鶴は恥ずかしさのあまり、どう動けばいいのか、なにを言えばいいのか、全く思いつかない。ただ斯波のするに任せて顔を赤らめることしか出来ない。 「一応、洗えたか。消毒は痛くて出来ないだろうし、なにか異変があったら病院へ行ったほうがいいだろう」  斯波は三鶴の性器にたいしても、古賀になにをされていたのかも、尋ねることもしない。問い詰められなかったことにホッとして、三鶴は下着をむりやり履いた。刺すような痛みが全身に響く。しばらくじっと耐えて気持ちを落ち着かせてからズボンを上げた。  額に脂汗が垂れて目にしみた。肩口の袖で汗を拭っていると、斯波が消臭スプレーを三鶴の背中に吹きかけた。 「僕、臭いですよね」  口から漏れた声は震えていた。未だショックから立ち直れていないのだと自覚して、三鶴は泣きそうになった。 「防臭だ」  三鶴が顔を上げると、斯波はじっと三鶴の目を見つめた。 「東谷」  呼ばれて心底驚いた。まさか斯波が生徒の名前を覚えているとは思っていなかった。 「シャツが乾くまで、ここにいたらいい。担任には俺から話しておく」  これ以上驚いたことは今までの人生で一度もなかったように思う。三鶴は目を丸くして斯波を見つめた。斯波は何ごともなかったかのようにいつものガラス器具を取り出し、湯を沸かし始めた。  もしかしたら、生徒指導室に入ってきたのもわざとだったのではないか。三鶴は初めてその可能性に気付いた。斯波が煙草のにおいをまとったまま校内を歩き回るはずがないではないか。  斯波は三鶴のカップにコーヒーの粉と砂糖を三本入れて、くるくるとかき混ぜてくれた。  二人、黙ったままコーヒーを飲み、黙ったまま時間が過ぎるのを、ただ待った。  長いのか短いのかわからないその時間は、三鶴を拒みはしなかった。コーヒーの香りが残る部屋は冷房が効いているのに暖かかった。  授業時間の終わりを知らせるベルが鳴る。斯波は立ち上がり、白衣を着て教科書を準備した。次の時間は講義を持っているのだろう。  鍵を開け、扉を開き、振り返る。 「まだ乾いていないなら、いたらいい」  三鶴は黙ってうなずく。斯波もうなずいて扉を閉めると、鍵をかけた。  白衣に消臭スプレーをかけていないな、と三鶴はなんとなく気にかかった。  白衣に自分のにおいはついていなかっただろうか。どこか気恥ずかしく、顔を赤らめた。

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