20 / 39
第20話
ぜえぜえと息を乱す三鶴の髪を古賀が撫でる。何度もうなじに唇を押し付け舐めあげる。三鶴の腿に押し付けられた古賀の性器はまだ硬く立ち上がっている。
「三鶴くん、俺、まだ足りないんだ」
三鶴はそっと古賀の顔を見上げる。
「ねえ、右手を貸してくれない?」
そう言うと古賀は三鶴を仰向けにして右手を取り、自身の勃起したままの性器に触れさせた。
「握って」
耳元で囁かれ、三鶴はビクリと身を揺らした。抗うことなど出来ない。恐怖からではない。三鶴は欲情に溺れていた。
古賀の性器を握り、やわやわと揉む。
「気持ちいいよ」
古賀は三鶴の首に舌を這わせる。何度も舐めあげ、唇を押し付け、肩を軽く噛む。三鶴の息が上がって右手から力が抜けた。
三鶴の右手を古賀が覆い、ぎゅっと握る。そのまま上下に扱いていく。
古賀の呼吸が早くなる。三鶴の耳元で、はあはあと熱い息が跳ねる。
翻弄される。なにが起きているのか理解できないまま、三鶴の本能が性欲を掻き立てる。古賀にすがりつき、もっと快感を得たかった。
昼休みの終わりを告げる予鈴がなる。
「三鶴くん、舐めて」
未だ射精にいたっていない古賀が言う。眉根を寄せて切なげに。三鶴の手の中で性器はビクビクと猛り狂っている。
三鶴は口を開けた。古賀が性器を三鶴の口元に近づける。三鶴はそっと舌を差し伸べ、古賀の性器の先端を舐めた。
「はあ……」
古賀が深い息を吐いた。三鶴はその声をもっと聞きたいと思った。
舌をひらめかせて古賀の性器を舐め回す。はあはあと息を跳ねさせる古賀の顔を見あげると、せつなそうに目を閉じて声を殺している。
思わず、古賀の性器を口に含んだ。古賀が驚いて目を見開く。三鶴は古賀の腰に抱きついて性器を舐めあげ、喉奥まで咥え込んだ。
古賀の性器がひときわ大きくなり、どくんと跳ねて精液を吐き出した。
吐き気はない。
三鶴はゆっくりと口を離して古賀の精液を手のひらに乗せた。
白く濁った体液を、なぜか気持ち悪くは感じなかった。
昼一番の授業には出ることが出来なかった。三鶴の手に取った精液を古賀が三鶴の内腿に塗りつけたからだ。
二人は何度も達し、何度も喘いだ。
放課後、古賀は当たり前のような顔をして三鶴の隣について歩いた。干していたジャージは生乾きだったが、血のシミは取れていた。
古賀が丁寧に畳んで三鶴のカバンに入れ、やはり当然のように部活をサボって三鶴について下校する。
学校から住宅街へ向かう道に人気はない。
「静かだね」
ぽつりと古賀が言う。三鶴は黙ってうなずく。
「俺と三鶴くんしか、この世にいないみたいだ」
なぜか寂しそうな声に聞こえて、三鶴は古賀の顔を仰ぎ見た。古賀はぼんやりと、どこか遠くを眺めている。
「三鶴くんのお母さん、優しかった?」
思い出の中の母は三鶴を守ることに精いっぱいで、それは優しいということなのかどうか、三鶴にはわからない。
黙っていると、古賀が三鶴の手をぎゅっと握った。
「三鶴くんを産んだ人だ。きっと、優しい人だったんだろうね」
慰められたような気がする。母が優しい人だったなら。自分が今までにたった一人からでも優しくされていたなら。ふるさとの遠い星のかけらが宇宙の遥か向こうに見えるような気がした。
家に帰り鍵を開ける。古賀がまた三鶴の手を握り、引っ張る。
「三鶴くんの部屋、見てみたい」
仮面をかぶっていないような気がした。苦しそうに眉を顰めているのは、本当の気持ちなのではないだろうか。
もし騙されているのだとしても、今ならなんでも受け入れられるような気がする。古賀の手は温かかった。
扉を開けて古賀を招き入れた。
玄関に大きな紳士靴と義母のけばけばしいハイヒールが並んでいる。三鶴の父は小柄で、靴のサイズも小さい。リビングに人の気配がある。喘ぎ声が響いてこないことに三鶴はほっと胸を撫でおろした。
「おばさんがいるのかな」
うなずくと、古賀が三鶴の背中をぎゅっと抱きしめた。
「三鶴くんの部屋、鍵はかかる? 昼の続きしたくない?」
カッと顔に血が集まる。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。
「どう?」
耳元でささやかれて恥ずかしさが頂点に達した。頭を動かそうとしたとき、リビングの扉が開いた。服を着崩して情事の後の気だるさを纏った義母が出てきた。
「あら」
不機嫌そうだった義母は古賀を見とめると、ぱっと笑顔を浮かべてみせた。男の前でだけかぶる娼婦の仮面だ。甲高い声で舌足らずなしゃべり方をしてみせる。
「また来てたのね。良かったら上がっていかない?」
引っ張り込んでいる男と顔を合わせてもかまわないのだろうかと三鶴がぼんやり考えていると、義母が近づいてきて古賀の腕を取ろうとした。
古賀はさっと避けて、三鶴を背にかばう。
「邪魔だ」
低い声で古賀が吐き捨てるように言う。
「俺はあんたに会いに来たんじゃない。ほっといてくれ」
「なに言ってるの?」
娼婦の仮面が剥がれかけて引きつった笑いが見え隠れする。
「汚い声でギャアギャア喘ぐおばさんに言い寄られて、気持ち悪いって言ってんだよ」
義母がこぶしを握り締めてぶるぶると肩を揺らす。頭に血がのぼってヒステリーを起こす一歩手前だ。
「誰か来たのか?」
リビングから不倫相手の男が姿を見せた。義母は男を睨むと「あんたには関係ない」と凄みを効かせた声で脅す。男は軽くため息をついて、玄関に立つ三鶴と古賀を見比べた。
「やあ、三鶴くん。久しぶり。そっちの子は友達?」
男がじろじろと古賀を観察する。無遠慮な視線は三鶴をさえ不快にさせた。古賀は剥き出しの反抗心を男にぶつける。
「下卑たおっさんに自己紹介する気はねえよ」
男の目が吊り上がる。一瞬で悪意を纏い、まき散らそうとした。それより一歩速く、義母の怒りが爆発した。
「うるさい子ね! やかましいわ! 生意気!」
子供が覚えたての罵詈雑言をすべて並べ立てようとするのに似ている。キンキンした地球語に耳を傷めつけられ、三鶴は倒れそうになった。思わず、自分の前に立っている古賀の背中に縋りつく。古賀はちらりと三鶴の方に顔を向けて小さくうなずいた。
「うるさいのは、あんただよ。おばさん」
義母が目を見開き、唇をわななかせる。
「おばさんって!? 誰がよ!」
「まさか自分のことを若いと思ってるのか? 化粧を厚塗りしないと外に出られない女がおばさんでなくて、なんなんだよ」
義母は足を踏み鳴らして自室に入り、壊れるかと思うほど音高く扉を閉めた。
男が深いため息を吐く。
「おい、調子に乗って人の女を貶してんじゃねえぞ。ぶっ飛ばされたいのか」
男は一応、言ってみただけだとわかる覇気のない口調で呟いた。古賀は肩に入っていた力を抜くと、男に向かって冷静に話しかけた。
「あんなおばさんでも、この家の主婦だろ。あんたの女じゃない」
もう一度、男はため息を吐く。
「わかったから、今日は帰ってくれ。これからあの女のご機嫌取りをしなきゃならんのだ。お前がいたら、何度ヒステリックに叫びだすか。もう勘弁してくれ」
いかにも哀愁を漂わせる男に同情したのか、古賀は三鶴と目を合わせて「また別の日に」と言って微笑んだ。
玄関の扉を開けて出ていく古賀について門前まで行く。なんとなく離れがたい気持ちになっていた。古賀は門を出て振り返る。三鶴の頬を撫でて、手を振ると、黙って歩いていった。
家の中に戻ると、男はまだ玄関にいた。
「お友達とは、どこまでヤッたんだ?」
下卑た笑いを顔に張り付けて、上から下まで舐めるような視線を三鶴に向けた。ぞっと背筋に悪寒が走る。三鶴はカバンを抱きしめて足早に男の脇を通り過ぎようとした。男は軽々と三鶴の腕を捕らえる。
「こんなことされたのかな」
手を伸ばし、三鶴の股間を触る。びくっと身を竦めた三鶴に顔を寄せて男は脂ぎった肌で頬ずりしようとした。三鶴は怖気をふるい、カバンで思いきり男を殴りつけた。
男が怯んだ隙に外へ駆け出す。曲がり角まで走って振り返っても男は追いかけてきてはいなかった。
ホッとして歩いて角を曲がる。今日はもう家に帰れない。古賀の姿はすでに見えない。
どこに行けばいいのかとぼんやり考えても答えは一つ。来た道を戻るだけだ。
学校についた頃には雨雲が近づいてきていた。今夜は屋根のあるところで過ごさないと、また病院行きだろう。
校内にはまだ部活動などで居残っている生徒が多い。三鶴がうろついても問題ない。夜間になって校門が施錠されるまでには、体育館裏の倉庫に閉じこもろう。それまで、どこにいればいいのか。
教室にいれば、古賀の目がないために、また誰かから暴力を振るわれるかもしれない。廊下をうろついていれば武藤に見つかるかもしれない。
ふと、屋上への踊り場のことを思い出した。
古賀にひどい目にあわされた場所だ。今、思い返しただけで身震いする。階段で突き落とされそうになったこと。図書館で首を絞められかけたこと。さまざまな危害を加えられてきた。
昨日今日、たったそれだけの期間、古賀が優しくしようとも痛みは消えないはずだ。きっと、そうだ。確かめに行こう。
三鶴は階段に足を向けた。
ともだちにシェアしよう!