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第24話

 古賀は三鶴を抱きしめ続ける。 「俺の母は男と消えた。だから俺は男が嫌いだ」  ぎゅっと三鶴にすがりつくように抱きしめる。 「五年前、母は金の無心に帰ってきた。俺に媚びてみせた。俺は女なんて吐き気がする」  それが古賀が仮面をかぶり続けている理由なのだろう。 「どいつもこいつも、人から搾取することばかり考えてる」  自分を甘やかす、自分を戒める腕を、三鶴はそっと撫でる。 「三鶴、お前は違う。無垢で無欲で弱くて健気だ。怖がりで、死にたがりで、誰にも本当の自分を見てもらえない」  異星人だからだ。地球人の目に、三鶴が異質なものと映ることには慣れている。誰だって、地球のことをなにも知らない三鶴を見ることはない。  それなのに、古賀は地球上でたった一人の三鶴を見つけた。 「お前は俺を吐き出した。俺の精液を拒絶した。三鶴は俺からなにも奪わない。だから、俺はお前が欲しいんだ」  三鶴の体に乗り上げるようにして、古賀は三鶴の顔を覗き込む。 「俺を愛してくれるだろ? 俺だけを幸せにしてくれるだろ? 俺がいなきゃ生きていけない、そんな体にしてやるから。一日だって、俺がいなきゃ……」  古賀の涙が、三鶴の頬に落ちた。    昼休み、二人で教室を出ようとしたところを、武藤に呼び止められた。 「休み時間に悪いが、話がある」  三鶴が足を踏み出そうとすると、武藤が「あ、いや」と言って立ち止まらせた。 「古賀、少し職員室に来てくれ」 「わかりました」  古賀は食物が入った袋を三鶴に渡す。 「先に食べてて」  優等生の仮面をかぶってそう言うと、武藤について歩いていく。なんだかソワソワする。三鶴はこれが悪い予感というものなのか、久々に自分に向けられた仮面のために感じた虚しさなのか分からない。  体育館裏の倉庫で、ぼんやりと古賀を待つ。食欲など湧かない。古賀と一緒に食べるのでなければ、地球の食物は、ただ栄養を摂取するためのレーションだ。丸呑みしても、ゆっくり食べても、味など分からない。  二十分ほどで古賀はやってきた。未だ優等生の仮面をかぶったままだ。 「あれ、待っててくれたの?」  三鶴がうなずくと、古賀は三鶴の前に、向かい合って座った。 「武藤先生がね、変なことを言うんだよ。もう三鶴くんに関わるなって」  仮面の下に古賀がなにを隠しているのか分からない。三鶴はじっと古賀の目を見つめる。 「おかしいよね。三鶴くんの面倒を見るようにって言ったのは武藤先生なのに。今度は近づくなだって」  古賀が仮面をかなぐり捨てた。隠していたのは激しい怒り。 「三鶴を俺から奪うやつを許さない」  三鶴の肩を強く抱きしめて、首筋に顔を埋める。絞め殺されるのではないかと思うほどの抱擁。三鶴はうっとりと目をつぶった。  二人は午後の授業に出ることなく、抱きしめあっていた。武藤が古賀に言った『東谷とはもう関わるな』という苦言は、優等生の古賀が授業や部活をサボるようになったからのことだ。今まで通り優等生の仮面をかぶっていれば、目をつけられることもない。  古賀は仮面をかぶらずにいれば、大きく深呼吸出来ることを知った。三鶴の側にいれば、息苦しい毎日などあり得ないのだ。  世の中の有象無象に邪魔されて、苦しい呼吸をすることなど、もう出来ない。  三鶴は古賀の臍帯だ。丸まって震える胎児に酸素を送ってくれる大切な緒。自分を光あふれる世界と繋げてくれる、大切な。  放課後、遅い時間に教室にカバンを取りに行く。生徒とも教師とも行き合うことなく、二人は穏やかなまま帰路についた。  古賀は当たり前のように三鶴の家までついてきた。門の前で別れ難く、手を握り合う。  今日は父が帰ってくるはずだ。 「あのおばさん、大丈夫か? 怒鳴られないか?」  三鶴は微笑んでうなずく。父がいれば、大きな声の地球語で喚くことはない。  古賀は心配そうではあったが、帰ろうと一歩踏み出した。三鶴は強く古賀の手を引き、押し止める。 「三鶴?」  握っている古賀の手に頬ずりする。古賀がごくりと生唾を飲み込んだ。  三鶴はそっと門の中に入る。古賀も引かれて付いていく。玄関の鍵を開けて静かに扉を開くと、父の靴が見えた。もう帰っていたのだとホッとして古賀を連れて家に入る。  キッチンの方から料理のにおいが漂ってくる。  廊下の奥の扉が開き、父が出てきた。ちらりと三鶴に視線をやる。 「お邪魔してます」  古賀が声をかけても、まるで反応しないまま、キッチンに入っていった。戸惑う古賀の手を引いて、三鶴は階段を上り自室に入った。 「父親は、いつもあんな感じなのか?」  三鶴が扉を閉めると、古賀が一番に訪ねた。三鶴はうなずく。古賀は眉を顰めた。ベッドに腰掛けると、三鶴の手を引き、脚の間に座らせた。背中を抱き込んで三鶴のうなじに唇を付ける。 「二人で遠くへ行きたいな」  三鶴も同意してうなずく。 「地球から離れて、遠くの星まで」  それはとろけてしまいそうなほど甘い言葉だ。古賀は地球人のはずなのに、異星を渇望している。もし三鶴の星が砕けていなかったとしたら、一緒に行ってくれたかもしれない。  だが、もう故郷の星は、この宇宙のどこにもない。  三鶴は体を捩って古賀と向い合せになり、古賀の脚の上に乗る。古賀の頬を両手でそっと挟むと、唇を合わせた。そのままじっと唇の暖かさを感じ続ける。  古賀は三鶴の背を支えて、ベッドに押し付けた。  唇で唇を揉む。どちらからか口を開き、激しく吸い合う。舌を絡め合い、唾液を飲み啜る。  三鶴の目から涙がこぼれた。肉体が覚える快感と、どこにもいけない喪失感と、すべてが満たされた実感と。  まるで、二人で蜃気楼の異星を見ているようだった。

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