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第37話
いつまでも、二人は繋がっていた。
隼人が動くと、吐き出した精が三鶴の中でちゅくちゅくと小さな音を立てる。わずかな音が先程の行為が現実だったのだと言ってくれる。
そうでもなければ夢だったのではないかと思うだろう。満たされ、深く生かされ、清められた。
もう二度と、自分を見失いはしない。
「シャワーしよっか?」
隼人が言ったのは、二人がまどろみ、目覚めることを三度繰り返したときだった。時刻は夕方五時を過ぎていた。
温かな湯を、二人で抱き合ったまま浴びる。唇を付けたまま互いの体を擦り、汗を流す。
三鶴の腔内から、隼人が精液を掻き出す。
「っあっ……」
隼人の指の動きと、体内に流し込まれる湯の温かさに、三鶴の口から喘ぎが漏れる。その声を逃すまいと隼人が三鶴の口を塞ぐ。
んぐ、んぐ、と喉を鳴らして三鶴が隼人の唾液を啜り飲む。隼人は三鶴が求めるだけ自分を差し出しながら、三鶴に与えたものを流し去っていく。
「隼人……っ」
「三鶴?」
「いやだ、隼人が出ていくの、いやだ」
濡れた瞳で隼人の首にすがりつく。三鶴は隼人を煽り立てようと腰を擦り付ける。
「大丈夫だよ、三鶴。何度だって……」
隼人は急に泣きそうに顔を歪めた。
「三鶴……!」
隼人が震えながら三鶴を抱きしめる。その力強さを受け取りながら、三鶴は隼人が発する絶望のにおいを嗅いだ。
「友達か?」
洗ってもらった制服に着替えたところに、玄関の扉が開く音がした。隼人の顔が青ざめ、廊下に飛び出していった。三鶴が慌ててついていく。
玄関に六十代ほどに見える紳士がいた。秘書らしい男性からカバンを受け取る。面倒くさそうに隼人に目をやる。隼人は三鶴が見たことがないほどおびえてたちすくんで、ようよう言葉を絞り出す。
「学校の……」
「君、もう来なくていい。こいつは退学するからな」
三鶴がぽかんと口を開けた。隼人はぎゅっと拳を握ってうつむいている。
「でも、学校の判断は無期停学だって」
震える声で三鶴が訴えると、紳士は三鶴をギロリと睨んだ。
「そんな世間体が悪いこと。アメリカに留学させるんだよ。今までお世話になったね」
隼人を見ると、目をそらされた。青い顔でぶるぶる震えているのは、父親を恐れているからというだけではないだろう。三鶴と目を合わせられないのは、父親の前だからというだけではないだろう。自分の進退を知っていたのに、三鶴に打ち明けられなかったことへの韜晦だろう。
「もう帰りなさい。遅いから」
隼人の父に言われ腕時計を見たが、まだ六時前。父親は上がってくると、竦んで動けない隼人の腕を取り、「来い」と命じた。
隼人がびくりと震える。背の高い隼人だ。父親との身長差は、二十センチはあるだろう。肩幅も腕の太さも、隼人は父親よりも大きい。それでも父親の命令に抗えないのだ。
「隼人!」
呼んだ三鶴の声が、隼人に届かない。追いすがろうと伸ばした手を秘書の男性がそっと止めた。
「お帰りください」
慇懃に言われ、三鶴は首を横に振った。秘書は声をひそめて言う。
「これは古賀家の問題です。あなたが関わっても仕方がない。子どもにどうにか出来ることではないんです」
秘書は三鶴の背をぐいぐいと押して玄関から外へ押し出す。押されながら首だけ振り向くと、隼人は父と向き合わされて、睨みつけられている。隼人はうつむいたまま、抗いもせず、逃げもしない。出来ないのだ。
助けないと。
三鶴はなんとか室内に戻ろうとした。だが、秘書の膂力は強く、三鶴を追い出し、靴を投げ出し、扉を強く引き閉めた。
バキッという重鈍い音がした。まるで、古賀がバットで人を殴ったときのような。
三鶴は扉にすがりつき、バンバンと何度も叩いた。家の中に人などいないかのように反応はなく、叩いている間の少しの静寂に、なんの音も聞こえなくなった。
隼人を奪われた。
この家は隼人を隔離する牢獄だ。
三鶴は坂下に向かって駆けていった。
「武藤先生!」
職員室に駆け込んだ三鶴を見て、武藤は目を丸くした。
隼人が痛めつけられているこのときに、地球語など、いくらでも吐き出せる。どんなに汚い言葉でも。
三鶴の豹変ぶりに、武藤はまったく表情を動かせず、驚きすぎて中腰に立ち上がる。
「先生、隼人が……、古賀が退学するって本当ですか!」
無言を貫き通してきた三鶴の、今までの無表情と、現在の怒りと焦りをあらわにした表情の変化に、武藤はついていけない。
三鶴は苛立ち、武藤の机を拳で叩きつけた。
「隼人の父親が、暴力を振るってるんです! 隼人は傷つけられてる!」
武藤は眉根を寄せて、大いに困ったという表情を作ってみせた。
「なあ、東谷。家庭の事情に、他人が口を出すのは、良いこととは言えんぞ」
三鶴は武藤を睨み据えた。その迫力は凄まじく、武藤はピクリとも動けない。
「見殺しにするんですか」
「いや、そんな大げさな」
「大事な生徒じゃないんですか! 先生は隼人を頼るだけ頼って見捨てるんですか!」
武藤は困り果てたという表情を優しげに作ってみせた。仮面だ。良い教師のふりをするための。
「そうは言ってもなあ。もう退学手続きは進んでるんだよ。親御さんの意向も大きいし、それに、あんなことがあったから、ここには居づらいだろう」
「わかりました。厄介払いが出来て安心してるんですね」
三鶴に問いただされても、武藤は仮面を外さない。
「そういう言い方はよくないぞ、東谷。大人には大人の事情が……」
話しても無駄だった。地球の言葉がわからなかった理由はこれだったのだ。地球人は仮面に操られて、自分の言葉を忘れている。
三鶴は職員室から駆け出した。
化学準備室の鍵は開いていた。コーヒーのにおいがふわりと漂っている。斯波は三鶴をじっと見つめた。
「斯波先生、ボイスレコーダーを貸してください」
斯波は無言で白衣のポケットからボイスレコーダーを取り出し、三鶴の手にしっかりと握らせた。
「立ち向かうのか」
三鶴はうなずいて斯波に背を向けた。
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