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第38話

 古賀家のインターフォンを押すと、繋がりはしたが、相手は無言だ。 「話をさせてください」  返答はない。先程の秘書だろうか。 隼人だろうか。 「入れ」  声は隼人の父のものだった。自動解錠された門をくぐり、玄関扉を開けた。  隼人の父親はすぐ目の前に立っている。 「あれに、なんの話がある」 「あなたに聞いて欲しいことがあります」  父親は無言で三鶴を見下ろしている。追い出す気はないようだと判断して、三鶴は話し始めた。 「隼人を取り上げないで」 「なんだって?」  意外な言葉だったらしく、父親は眉を顰めた。 「僕には隼人が必要なんです。僕から隼人を取り上げないで」 「なにを馬鹿なことを」  鼻で笑われ、背中を向けられた。 「あれは君のものではないよ。私の所有物だ」 「所有物って……」 「子どもは親のものだ。話にならん。帰りなさい」  廊下を奥へ進んでいく父親の背中に地球語を突き付ける。 「だから、殴るんですか。自分のものだから、なにをしてもいいと思って」  父親の足が止まった。 「なんのことかね」 「隼人の体の痣のことです。体中の痣のことです。あなたが暴力を振るっている」  振り返った父親はひどく凶暴な表情だ。隼人が見せていたような嗜虐性、獲物を見つけて喜びで牙を剥き出しにしている。 「君が言う通りだよ。あれは私の言うことを聞いて、その通りに生きればいいのだ。だが、あれは出来が悪すぎる。躾のために、お仕置きが必要なんだよ」  近づいてくる。三鶴は恐怖に竦みそうになる。 「お仕置きという暴力を振るうんですね」 「言っただろう。子どもは親のものだ。殴ってでも躾なければならんのだよ」  暴力をなんとも思わない男を前に、震えそうになる。だが、この先に隼人がいると思うと、逃げ出そうとは思わない。 「ところで、君はなぜ、あれの痣のことを知っているのかね? 絶対に誰にも見せないよう、命じているのだがね」  鋭く研がれた爪を三鶴に向けて嗤う。 「ああ、君かね。あれを唆して動画を撮られたというのは。脅迫されて大変な目にあったそうじゃないか。それでも懲りずにあれに近づくとは。そんなにあいつの具合は良かったのか? それとも」  飛びかかるかのような勢いで三鶴の腕を捕らえた。 「あれを溺れさせるほど、君の体は良いのかな?」 「や、やめてください。触らないで」 「男を咥えないと生きていられないんだろう。私が満足させてやるよ」 「いやだ! 隼人!」  家の奥に向けて叫ぶが、しんと、なんの物音もしない。 「あれを呼んでも無駄だよ。お仕置きの間に眠ってしまったからね」 「気絶するまで殴ったの? なにするんだよ、死んじゃうよ!」  隼人を嘲笑っているのか、それとも三鶴をか。父親はにやにやと笑いながら三鶴に迫る。 「死にはしない。それくらいの手加減はする。だから起きても暴れないように縛って、今はあれの部屋に転がしてある。もちろん、鍵はかけているよ」 「監禁してるの……」 「そうだ。だから呼んでも無駄だよ」  優しい声音で言いながら、三鶴の太腿に手を這わせる。 「やめてください、触らないで!」  抵抗して身を捩る三鶴の頬を、音を立てて叩く。三鶴は恐怖で動けなくなった。 「黙ってろ。逃げようとしたら殺すぞ」  ガクガクと震えだした三鶴に満足したようで、三鶴を抱き込んで臀部を撫で回した。 「男を犯すのは初めてだが、君みたいにかわいいと、そそられるものはあるなあ」  前に手を這わせて、三鶴の性器を服越しに揉む。 「どうだね、男が好きなら私が飼ってあげようか。お小遣いもいっぱいあげるよ」 「やめて……触らないで」 「そんなことを言って、期待してるんだろう。無理やりされるのが好きなのかな」  三鶴の首に両手をかけて、じわじわと力を込めていく。 「大人しくしないと、このまま首を絞めるよ」  怖くなどない。そうやって脅しても、本当に人を手に掛ける度胸などないことを三鶴は知っている。 「人を嬲るのは、自分が弱いと知ってるからだ」 「なに?」  三鶴は強く睨みつける。 「僕をレイプしても、僕はあなたのものにはならない」 「それなら、試してみようか。壁に手を突いて尻を突き出してみせるんだ。出来なければ、痛い目にあわせるよ」  両手が離れたその時、三鶴は体を丸めて体当りした。  隼人の父親は倒れはしなかったが、よろけて数歩後ずさった。  その隙をついて三鶴は外へ駆け出した。坂を全速力で下る。  すべてを録音したボイスレコーダーを持って、警察署へ駆け込んだ。 「隼人!」  救急車のストレッチャーに乗せられた隼人は蒼白で、ピクリとも動かない。本当に生きているのかと頬に触れてみると、確かな体温が三鶴の指を温めた。  ともに行きたかったが、三鶴は警察署で事情を話さなければならない。救急車のサイレンが遠のく。もう二度と隼人に会えないのではないかと脅えながら、警察官に促されてパトカーに乗った。  ボイスレコーダーには隼人の父親の罪状が詰まっている。  息子への暴行、監禁、三鶴への強姦未遂。どうやら家へは帰れそうにないようだ。  三鶴が佐治たちに脅迫されていたことを知る警察官、松方が事情聴取に立ち会ってくれたおかげで、思ったよりも早く放免された。 「……斯波先生」  警察署のロビーで斯波が三鶴を待っていた。 「親御さんは迎えに来ない。代わりに引き受けに来た」 「ありがとうございます」  斯波は三鶴が保健室に置き去りにしてきたカバンを渡す。学校で勉強していたのが、はるか遠い昔のように感じる。 「ちゃんと立ち向かえたんだな」 「あ。すみません」  歩き出そうとしていた斯波が立ち止まり、三鶴の顔を覗き込んだ。 「なんだ?」 「先生のボイスレコーダー、証拠品として取り上げられちゃいました」  斯波は、ふっと笑って、三鶴の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「永久に貸し出しといてやるよ。その代わり、美味いコーヒーを淹れるように。味見係が驚くようなやつをな」  三鶴は輝くような笑顔で頷いた。

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