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第1話
「その煙草、差し上げます」
「いいの?」
「ええ、もう要らないので」
乱れたシーツから視線を逸らし、重い身体を引きずるようにベッドから降りる。
ベッドに残された男が何か言葉を口にしたが、無視してバスルームへと続くドアを開けると振り返らずに念を押した。
「全部、吸うか捨てるかしてください」
情事の後で煙草を一本だけ吸う。それは、ルーティンと呼べば聞こえがいいが、本当の理由は違う。
バスルームの中は閉鎖された生ぬるい空気が漂い、ちょうど二時間前に使った名残りが肌にまとわりつく。
洗面台とシャワーブースを隔てるガラス張りのドアに映る、二時間前とは違う身体に息を呑む。胸や腕、首筋に付けられた跡がくっきりと浮かび上がっていたからだ。
「跡は付けるなって言ったのに」
独り言のように吐き捨てた後、大袈裟にため息をつくとシャワーコックをひねった。
シャーという音が響いたと同時に、急にドアが開いて男の声と混ざる。
「やっぱり一緒に入るよ。神咲屋 の美人若旦那、神咲恵 は硬派だって噂だろ。そんなキミの本当の姿を独り占めできる貴重な時間だ、いいだろう?」
老舗呉服屋、神咲屋の若旦那で、神咲グループの御曹司は美人で硬派な優等生。誰が言い出したのか、いつの間にか俺はそう呼ばれている。
「誰が美人だなんて言ってるんですか。俺は男です」
「もちろん知ってる。でもみんな言ってるよ、高嶺の花だって」
当たり前のように尻を撫でられ、身体を寄せてくる。
「買いかぶりすぎです。それに、もう無理ですから」
「別に挿れたいわけじゃない、触れていたいだけだ」
どっちも一緒だろと喉のここまで出かけたのを飲み込み、シナをつくって戸惑う素振りを見せる。
「しかし、東雲 様……時間が」
「それじゃあ、もう一着作る。相談に乗ってくれるだろ。シャワーを浴びたらベッドで話そう、まだ一緒にいたいんだ」
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