5 / 10
第4話
五歳年下の弟、圭は小さい頃から俺にべったりだった。年の差なのか、圭にとって俺はいつだって優しくて頼れるお兄ちゃんで……愛くるしいクリっとした大きな目を細めながら、屈託ない笑顔で「めぐちゃんが一番大好き」と言う圭が、俺も可愛くて仕方なかった。
小さい頃から、長男だから跡取りだからと英才教育を受けていた俺と、何の縛りもなく自由奔放に育てられた弟。普通なら、「どうして自分だけが」と、ひがんでもよさそうだが、俺は違う。
立場上、大人と関わることが多かった俺にとって、唯一、圭との時間だけが癒しで、誰よりも大事な存在だった。
圭が歳を重ねる毎に、めぐちゃんが兄ちゃんになり、兄貴と呼び名が変わった。そして兄貴と呼ばれる頃には、お互いが目を見て話すことが少なくなり、兄弟の距離は広がるばかりだった。
思春期特有の反抗期なのか、高校生になった圭は俺を避けるようになった。その頃、たまたま彼女を家に連れて来た時だ、俺の感情が壊れてしまったのは。
弟にとって、俺はもう一番ではない。そう思ったと同時に感じた嫉妬心。おまけに、思春期の圭と彼女が二人でどんなことをしているか、雄の顔をした圭を想像しただけでありえないくらいに欲情した。キスはどのタイミングで仕掛けるのか、セックスはどんな体位が好みか、誘うのはどちらからなのか……。
彼女を家に連れて来た日は特に酷く、俺の妄想は止まらなかった。
兄として弟を大事に思う反面、もうそれは違う意味でしかない。とっくに気づいていた。なのに、大学入学を機に圭が家を出る時も、俺は何も言わなかった。いや、言えるはずがない。
実の弟を好きだなんて、ひとりの男として見てるなんて。
……抱かれてもいいだなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。
「帰って来てたんだな。雨、大丈夫だったか?」
「髪もスーツもずぶ濡れ、最悪だよ。兄貴は――なんだよ、全然濡れてねぇじゃん」
茶色い髪がくるんとカールしているのはくせ毛のせいだ。濡れてくせが強く出ている。脱いだ上着は椅子に掛けたままで、近くにスタイリッシュな革の鞄が置かれていた。
箸を持つ手を止め、一瞬だけ視線が合う。けれど、すぐにそらされ食事が再開された。
「傘、持ってたからな」
圭は、やたらデカいダイニングテーブルにぽつんと座っていた。その隣の椅子に手を掛け引き出す。ゆっくりと腰を下ろすと、重厚な椅子を手で引き寄せた。
「相変わらず用意周到だな。さすが、優等生の若旦那様は違うね」
「たまたまだ。朝、天気予報を見たから」
茶化すような口ぶりで、食事をする手を休めることなく会話は続く。
目の前に座らず真横に腰を下ろしたのは、上手く会話をする自信がないから。
意識し過ぎなことはわかってる。けど、真正面はどうしても無理だ。
漆塗りの箸を使って、美味しそうに煮浸しを口元へ運ぶ度に、ゆるくカーブがかった茶色い髪が時々揺れる。
うっかり口元を見て、食事をしているだけの仕草に妙な色気を感じてしまった。
桃色の薄い唇が不規則に動き、嚥下すると喉仏が上下する。ただそれだけのことなのに、ドキドキと鼓動は速くなるばかりだ。
「兄貴、飯食い終わったら風呂貸してくれない?」
見とれているところに、不意打ちで俺を一瞬だけ見るとさらりと言われた。
「……あ、あぁ。いいけど」
「どうしたの。俺の顔に何かついてる?」
あかさまに不機嫌になり、そっけなく聞かれる。
「いや、別に。髪、まだ濡れてるからタオルで拭けよ」
視線の先を流し、気を逸らして出来るだけいつも通りに返事をした。
「風呂入るからいいんだよ。なぁ、ついでに泊めて欲しいんだけど」
なのに泊めてと言われた途端、視界が揺れるくらいに動揺してしまった。
食事をして風呂に入ったら寝る。当たり前の流れだ。それに、ここは圭にとっても実家なのだから、遠慮することもない。
それはわかっているのに、心はわかってくれない。
ともだちにシェアしよう!