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第5話
「兄貴の部屋に、布団もう一組あったよな。貸して」
俺の返事を待たずに、勝手に話はどんどん進んでいく。
そうしているうちに紺堂が雑炊を運んできた。
「せっかくですし、お風呂一緒に入ったらどうですか」
気を使ったであろう紺堂の提案は、即座に圭が却下した。
「そう言わずに、兄弟なら恥ずかしがることもないでしょう?」
「なんで、今更一緒に入らなきゃいけないんだよ。小学生じゃあるまいし」
目の前の雑炊に手を付ける前に、圭の不機嫌さはピークを迎える。
そして最終的には、一人で入ると捨て台詞を残して、部屋を出て行ってしまった。
「申し訳ございません、怒らせてしまいましたよね」
「気にしなくていいさ。アイツの取り扱いは俺でも難解だから」
甘えるような素振りを見せたかと思うと、突き放されたように不機嫌になる。
最近の圭は、取扱説明書が欲しいくらいだ。
「まだタイミングが掴めなくて、すみません」
たまにしか実家に来ない圭と数える程しか接していない紺堂なら、尚更どうしていいかわからないのだろう。
「いいって。それより、俺の部屋に圭が寝る布団を敷いておいてくれ」
「若旦那様の、部屋ですか?」
「ああ、今夜は泊まるらしい」
自分で口にして、ドキッとしていたらキリがない。わかってるけど、それでも一緒にいられるのは嬉しい。
それは、弟を想う兄としての感情じゃないけれど。
***
渡り廊下の窓越しに見える庭は暗黒が漂い、とめどなく雨が今も降っている。
ぼんやりと眺めていると、窓に反射して暗闇の中で自分自身と目が合う。
美人だとか魔性だとか、他人は勝手に俺の外見や内面を作り上げる。優等生だってそうだ。そう振舞ってるけど、本当は違う。
いつだって隙があれば逃げ出したい。全てを捨て、自由に生きられたらどんなに楽か。
好きな人に好きと言えたらどんなに楽か……。
最終的にはいつもそこに行き着く。
「美人な若旦那……か」
ベッドの中で、東雲にそう何度も言われた。けれど、あんなエロオヤジに言われても嬉しくない。
何もかも、圭じゃなかったら意味がないのだ。
変えられない現実を諦めるように、窓に映る自分自身に手を伸ばす。しっとりとまとわりつくような湿気が窓を曇らせ、ぼんやりと滲む。
指先を窓ガラスに這わせ、顔に流れ落ちる無数の雨粒をなぞる。それは、まるで泣いてるようだった。
「若旦那様……どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
いつの間にか背後にいた紺堂が心配そうに声をかけてきたが、適当に誤魔化した。
「あまり顔色がよくないみたいです。今夜は早めにお休みください」
それでも気遣いを忘れない紺堂の肩にそっと手を置き、「ありがとう」と返事をする。
「あまり無理なさらずに。若旦那様は頑張り過ぎです」
「そんなことないよ」
否定した声は思いのほか弱々しく、雨音にかき消された。
「圭様のことも……」
「アイツがどうした」
「いえ。あの……おやすみのご準備は整っております」
何かを言いたげな眼差しは一瞬だった。すぐにいつも通りに戻ると、紺堂はそのまま母屋へと続く渡り廊下を戻っていった。
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