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第6話

 離れの一つ、十畳の和室二間続きが俺の部屋だ。奥に風呂とトイレ、小さなキッチンもあり、本来なら離れだけでも十分に暮らせる。  和室と縁側を隔てる障子を引くと、縁側と仕切り(ふすま)に布団が奥と手前に二組並んで敷いてあった。  僅かに離された布団の片方がこんもりしている。藍色の掛け布団は薄めで、身体のラインに沿うように圭がくるまるように寝ていた。 「圭……もう寝たのか?」  控えめに尋ねると、身動ぎ唸るように短い返事が聞こえる。襖側に向き、俺からは表情は見えない。寝ぼけた返事なのか、起きているのか。定かじゃないから迂闊なことはできないと、風呂場に向かおうとした。すると、今度ははっきりとした声で呼び止められた。 「兄貴……」 「やっぱり起きてたのか」  向きを変えないまま、圭が再び口を開く。 「今日、外回り行った?」  雨音が遠くに響く室内は思いのほか静かで、圭の声もしっかりと聞こえる。 「行ったけど、どうかしたか?」  東雲との情事が脳裏をよぎり、後ろめたさに誰に会ったかは告げなかった。  本当のことがもしもバレたら、激しく拒絶されるだろう。だから、東雲と会う時は細心の注意を払い、帰り際に必ずシャワーを浴びてありとあらゆる匂いを消す。もちろん煙草の匂いもだ。  優等生の裏側には、こんな闇を抱えてることを東雲だけが知っている。それもなんだかしゃくだと思いながらも、流されて今まできた。 「東雲がうちの百貨店に来た」  急に東雲の話題を振られ、ホテルでの数時間を思い出していた俺の頭に響いてくる圭の声で、視界が揺れる。 「どうして、東雲様が……」  できるだけいつも通りに落ち着いたトーンで返すと、もぞもぞと掛け布団が動き布擦れの音がした。 「さあ。俺が聞きてぇよ」  圭が勤める百貨店には、神咲屋の姉妹店が入っている。圭はあくまで百貨店の社員ので、テナントとして入ってる神咲屋は家の従業員が担っていた。  だから、東雲が店に来ても圭に会うことはまずないはずなのだが……。 「近くまで来たからとか言ってたけど、兄貴ならまだしも、俺に会いに来る意味がわかんねぇ」  さりげなく俺を引き合いに出される。  おそらく、東雲は俺と会う前に寄ったのだろう。何か意図があるのだろうかと考えていると、再び圭が口を開いた。 「別にいいけどさ。ハイブランドの三つ揃いスーツにピカピカの革靴で来て、いかにも金持ちって感じで悪どい」 「悪どいって、大事なお得意様だろ」 「知るかよ。そもそも、俺の客じゃねぇし」  いつの間にか俺の方を向いた圭が毒を吐く。相変わらず口が悪い。 「それもそうだけど、神咲屋の客には変わりないんだから、ほどほどにしろよ」 「大丈夫だって。俺、外面はいいし」  家柄なのか、小さい頃から社交的な場所に顔を出すことが多い。だから、要領よく振る舞うことは自然と身につけていた。俺だって例外ではなく、結果『優等生』と呼ばれるようになった。 「まぁ、兄貴は気をつけた方がいい……て、別に大丈夫か」  自己完結したように圭が話を勝手に切り上げると、くるりと再び背を向けた。  気をつけた方がいいと言われ、その意味を考え、そういう意味ではないだろうと話の流れで感じ取る。都合よく解釈しても虚しくなるだけだと、背を向けたままの圭を横目に今度こそ風呂場に向かった。

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