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第7話
湿った空気に微かに響く声と上下に動く手。冷たいタイルの壁に背中を預け、視線を天井に向け息を吐く。
「……はっ……んっ……」
圭がすぐ隣の部屋で寝ているのに、欲情した身体は熱くなる一方だ。
どうせ知られるわけではないと開き直った後は、タガが外れたように自慰行為に没頭した。
圭が食事をする姿や喉仏の張り、布団から除く上目遣いを脳裏に宿し手を必死に動かす。あの目であの口で、唇で、俺を見つめ触れて欲しい。キスをしたらどんな舌使いで攻めるんだろう。そんなことを考えながら濡れた声を漏らし登っていく。
「……はぁ……っ……け、い……もっと……」
自分でもおかしいとわかっているのに止められない。どれが現実でどれが妄想かもわからないまま、行為はいつも曖昧なあと味を残して弾けて終わる。
手のひらに広がる白濁を混ぜるように握ると全てを隠せた気になってしまう。
果てた後の虚しさも風呂場に広がる湿った空気も、圭への想いも。
そしてシャワーの音で現実に戻り、東雲との行為を思い出しながら不機嫌なまま眠りにつく。
いつもならそうだ。けれど、今夜は隣に圭がいる。嬉しさよりも、また欲情してしまうかもしれない心配をして苦笑しながら風呂場から出た。
軽く身体を拭き、バスローブを羽織る。目の前にある鏡に映し出された俺に問う。
「どうしたいんだよ、ほんとに……」
高嶺の花だと言われる傍らで、本気の男には振り向いてはもらえない。
欲しいのはたったひとりだ。瞬く間に曇る鏡に向かい、名前を呼ぶ。
「圭……」
吐息に混ざるように呼んだ名前に応えるように、突然ドアが開く気配を感じた。
「兄貴……」
思いもよらない圭の登場に、血の気が引くように身体は固まったまま動かない。
「おま……なん、で……」
びっくりし過ぎて、洗面台に置かれたドライヤーを落としてしまう。
「なにやってんだよ」
すぐにそれを拾って戻した時、圭の腕が胸の辺りを掠める。一瞬のことでもそれだけで鼓動は更に速くなり、動揺は最高潮に達した。追い討ちをかけるように、次の瞬間腕を取られる。
何がなんだかわからないまま、気づいたら俺は圭に抱き寄せられていた。
圭は俺を避けている。なのに、どうして。
全ての機能が停止したように、されるがままの俺の耳元で、圭は鼻で笑った。
「恵……」
そのまま熱く名前を呼ばれると、夢と現実の狭間にいるような感覚に気が遠くなっていった……。
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