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ただ、誰かが口火を切らなければ、自室にたどり着くまでこの地獄が続くのだ。
いや、この音量なら自室に逃げ込んでも壁越しに聞こえてくるかもしれない。
入寮初日から騒音トラブルなんてごめんだ。
「ここには談話室があるニャ。誰でも自由に使っていい部屋だから、遠慮なく使うニャー。トランプとかボードゲームも置いてあるから、みんなで遊べるニャ! マジすごいっしょー!」
踊るような足取りで談話室に立ち入ると、猫俣が拡声器と手旗を机の上に置いて、ゴソゴソと棚を漁り出す。
声をかけるなら今だろう。
この人はとにかく口数が多いみたいだから、もう一度拡声器を手に取らせたら終わりだ。
意を決して、俺は猫俣の背中に声をかける。
「あの、先輩……」
「見てこれUNO! 誰か一緒にやるー?」
振り返った猫俣が手にしていたのはカードゲームだ。
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべたまま、彼は空いた手を拡声器へと伸ばし……。
「猫俣先輩!」
「んにゃ?」
「それ、無くてもちゃんと聞こえるんで。大丈夫です」
間一髪、俺はこちらの意向を伝えることに成功した。
あとは、この人が受け入れてくれるかどうか、だが……。
周囲の新入生たちが、赤べこのように何度も深く頷いて肯定の意を表す。
それを見て、猫俣がつまらなそうに口を尖らせた。
「えぇー、結構気に入ってたのにー」
「申し訳ないっす」
欠けらも申し訳なくなんて思っていないが、一応言っておく。
こういう時は、こちらが下手に出た方が相手も要求を飲みやすい。
「しょうがないにゃあ、じゃあ使うのやめとくにゃー」
渋々といった様子で、猫俣は拡声器を諦めた。
俺たち新入生一同は、ありがとうございます! なんて言いながら頭を下げる。
これで、至近距離からの大音量で鼓膜を破壊される心配はなくなった。
誰もがホッと胸を撫でおろしていたのだが……。
机の上に拡声器と手作りの手旗、UNOを置いたまま談話室から出ようとした猫俣が、すれ違う寸前に低い声で囁く。
「キミ、面白い"色"してんね」
色? なんのことだ?
猫俣の言うことが理解出来ず、思わず視線を上げる。
そうすれば、値踏みするように細められた金の双眸とかち合った。
先ほどまでの人懐っこい笑みではなく、おもちゃのネズミを見るような目。
あ、これはマズい。本能が俺にそう警告している。
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