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「それじゃ、談話室はこれでおーしまい! 次はトイレの場所を教えておくにゃー!」  次の瞬間には、底抜けに明るい声が室内に響いた。  猫俣に続いて、新入生たちがゾロゾロと部屋を出る。  もしかしたら、俺はとんでもない奴に目をつけられてしまったのかもしれない。  そんなことを考えながら、列の最後尾に着いて歩いた。  猫俣はその後、トイレや非常口、消火栓の前でいちいち足を止めた。  その度に、このトイレには太郎さんが住んでいるだの、怒られるだけだから悪戯で火災報知器のボタンは押すなだの、わりとどうでもいい話をするのだ。  俺たちは猫俣が立ち止まるたびに、なんとも言えない複雑な表情でその話を聞き流す。  さっさと自分の部屋に入って休みたいが、流石に無駄話をするななんて言う度胸はない。 「この寮内に飾ってある美術品は、全部学園OBの作品なんだにゃー。この学園ってさぁ、すんごい才能を持つ人ばっか集まってるっしょ? だから、卒業後に世界的に活躍する人も珍しくないんだよネ」  猫俣が、壁に掛けられた一枚の抽象画の前で足を止める。  その下には「飛翔」という題名と、作者の名前が書かれたプレートが設置されていた。  正直、俺は芸術というものに明るくない。この抽象画だって、どんなにじっくり見ても何を表現したのか分からないし、子どもの落書きみたいだな、なんて思ってしまう。 「絵画も壺も彫刻も、壊したら賠償金取られるから要注意にゃ。高校生で何千万も借金作りたくないっしょー?」  猫俣の声に、数人の新入生が生唾を飲み込む。  というか、そんな高価な物をその辺にポンポン飾るのはやめろ。  学生寮は美術館じゃないぞ。 「賢い生徒なら、寮内で絶対に問題は起こさないにゃー」  のんきな口調でそう言って、猫俣が俺たちを振り返る。 「こっから先は寮室しかないから、案内は終わりだにゃ。もしも部屋番号を忘れたなら、一階に戻って聞いてきてネー」  じゃーねー、なんて手を振って、猫俣がエレベーター前へと戻って行った。  何故だろう、どっと疲れた気がする。  これからの学園生活の中で、彼に関わることがないように祈っておこう。  ため息をついて、俺は六〇三号室を探した。

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