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第17話 虚無★
その日を境に、シリルは薫を連れて歩くようになった。暇だった毎日が一気に忙しく、けれど華やかなものになり、薫は圧倒される。
シリルは行く先々で薫を自慢げに紹介してくれ、会う人々も笑顔で話を聞いていた。
この人は自慢の婚約者、美人で気立てが良く、私の為によく尽くしてくれる。そう言われて、薫は泣きそうな程に嬉しかった。 こんな風に褒められるのは初めてだったし、やっぱりシリルは一番の理解者で最高の婚約者だ、そう思っていた。
しかし、華やかな場所に行くにつれて、城の中では居心地が悪くなっていく。陰口を叩かれたり、エヴァンがシリルの部屋に怒鳴り込んで来ることが多くなったのだ。
今も、寝室の隣の部屋でエヴァンとシリルが言い争いをしている。シリルには待っていなさいと言われたけれど、シリルが非難されるのを黙って見ていられなかった。薫はバスローブを着てからそっとドアに耳を当てて、様子を伺ってみる。……音が篭っていてよく聞こえない。なので少しだけドアを開けてみた。
「お願いですシリル、じゃないとあの子は……!」
「何を言っているエヴァン。私はちゃんとあの子を大事にしてるじゃないか」
懇願するようなエヴァンの声に、シリルの声は冷静だ。大事にしている、と言われて薫は胸が暖かくなる。シリルはやっぱり、自分のことを一番に思ってくれてるんだ、と。
「あれが大事にしてるですって? 街では国王が性奴隷を買い始めたと噂になってますよ?」
(僕が……奴隷だって?)
思ってもみない単語に、薫は驚く。シリルは「みな平等に」を掲げて仕事をしていたはずだ。薫を奴隷にするはずがない。
シリルが笑う。
「何を馬鹿なことを……」
「シリル……私はあの子が来た時に、あの子の未来が視えました。それ以降は、……なぜか精度が落ちていく一方なのですが……」
シリルは一つため息をつくと、「話してみろ」と言う。薫は息を飲んだ。一体エヴァンは、何を視たというのか。
エヴァンが重そうな口を開く。
「もう……あの子……薫を抱くのは止めてください。じゃないと……」
「何を言う? 婚約者で、お互いに求めてるのに抱くなだと?」
「聞いてくださいシリル! じゃないとあの子はまた、死んでしまいます!」
「ふざけるな!」
シリルの激昂の声と共に、薫は足の力が抜けてその場にへたりこんだ。自分がまた死ぬ? 嘘だ、信じたくない。
両手で顔を覆おうとして、自分の手が震えていることに気付いた。床に手をついて、けれどそれでも身体を支えきれなくて突っ伏す。
その時に腕が当たったのか、ドアが音を立てて開いてしまった。
二人が息を飲む音がする。けれど誰も言葉を発しない。顔は見えないけれど、二人ともこちらを気遣う気配がした。
薫は床を見つめたまま、震える声で言う。
「どうして、エヴァンさんはそんなことを……。僕は、やっと……やっと愛されて幸せな、生活、……してたのに……」
目頭が熱いのに涙が出ない。頭が痛くて目を閉じると、シリルがそばに来てくれた。
「……幼なじみのよしみで許してやる。出て行け」
身も凍る程の冷たいシリルの声に、エヴァンは反論できなかったようだ。カツカツと足音が遠のき、やがてドアが閉まる音がする。
「し、シリ、……シリル……」
「ああすまない。怖かったね……」
シリルは薫が身体を起こすのを手伝ってくれ、そのまま抱き締めてくれた。温かい体温に安心して涙が溢れ、止まらなくなる。
「ぼ、ぼ、僕……みんなに嫌われてるの……?」
せっかくこの世界では愛されると思っていたのに、やはり疎まれる存在だったのか、と薫は吐露した。
「何を言ってるんだ、そんなことはないよ」
そう言ったシリルは薫に口付ける。そのまま何度も唇を吸われて、薫は安心した。
ああ、シリルはエヴァンの言葉を信じていない。自分が死ぬというのは嘘なんだ、と。
「シリル……シリル、好き……。抱いて……?」
「もちろん」
ちゅ、と口付けの音がした。それは次第に大きく大胆になる。いつかのように薫の胸を撫でる手は、ずっと優しくて一気に身体が熱くなった。
「ぁ……っ、シリル……っ」
シリルは薫のバスローブを脱がすと、ベッドに誘う。手を引かれるままそこへ横になると、彼は胸に吸い付いてきた。ゾクゾクして背中を反らすと、シリルはより一層そこへ温かな舌を這わせる。
「あっ、や、……やぁ……っ」
薫が掠れた嬌声を上げると同時に、シリルは薫の足を広げさせた。そしてその間に入ってこようとするので、さすがに早すぎる、と戸惑う。
「し、シリル……っ?」
「……どうした?」
そう話している間にも、シリルは自身の陽物を薫の後ろにあてがってきた。
「大丈夫。私が愛しているのは、ベルだけだよ……」
薫が息を詰めたのは、言葉のせいなのか、それとも慣らすこともせずに入ってきたシリルのせいなのか。目尻から涙が零れ、痛みと苦しさで大きく開いた足が震える。一気に熱が冷め、涙目で彼を見ると、彼はうっとりした顔で笑っていた。
「こんなに愛し合ってるのに、なかなか子供ができないね。ふふ……」
「あァ……っ!」
シリルが動き出す。薫は下半身の痛みと混乱する頭を処理するので精一杯だった。
愛しているのはベルだけ? どういうこと? じゃあ今まで薫に掛けていた甘い言葉は何だったのか? 子供ができないって、シリルは何を言っているの?
そう思うけれど、後ろの圧迫感と痛みで──心の痛みで言葉を発することはできなかった。
「シリ、ルっ……僕は、薫だよ!? 男だよ!? 僕を愛してくれるんじゃなかったの!?」
何とか痛みを堪えてそう叫ぶ。パンパンと身体がぶつかる音をバックに、薫はシリルに訴え、手を伸ばした。
シリルはその手を掴んで力強く握り、指にキスをする。そして出会った頃のように、綺麗に微笑んだ。
「おかしなことを言う子だね。君は私の愛するベルだよ」
シリルの言葉に、薫は本当に自分がおかしくなってしまったのかと思った。けれど視界に見える萎えた薫のものや、薄い腹や胸板は、紛れもなく薫が前世で持っていた身体だ。
「いたい……痛いよ! シリル!」
薫は握られた手を振りほどき、シリルの身体を止めようと、足で彼の動きを制限しようとする。
そこで気付いてしまった。シリルは一度も薫の性器に触れなかったことに。そして、最初の一度だけしか、薫の名前を呼んでいないことに。
「シリル……っ、止めてぇ……っ!」
薫は泣き叫んで訴えるけれど、シリルの耳には届いていないようだ。うっとりした顔で、ベルは本当に可愛いね、なんて言って、薫の頬を撫でる。
「ああベル……ベル、もうイクよ……今度こそ、私たちの愛の結晶ができるといいな……」
「……っ! 嫌だあぁぁっ!!」
ふうふうと、自分の足の間で腰を振って頬を上気させているシリルが、急に得体の知れないモンスターのように見えた。お願いだから僕を見て、そう訴えるけれど、シリルは全然反応しない。
そんな、この世界で信じた愛が、全部嘘だったなんて。やっと、自分も愛されていいと思えてきたのに。
正しかったのは誰だったのか、気付いた時にはもう遅かった。
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